第七章 アリサの声。再び異世界へ!


 あれから――――アリサがネセリパーラへ還ってから二ヶ月。
 ハヤトは、どこかつまらなそうに日常生活を送っていた。
「神崎、これからカラオケ行くぞぉ!」
「……カラオケって、またかよ?」
 同級生の亀田豊からの誘いに、ハヤトはやや呆れていた。
 確か昨日もカラオケに行ったはずだ。そもそも、こいつの歌は上手くない。
 豊は丸坊主の頭で答える。
「今日こそは、満点を取ってやる!」
「無理だ。その下手さじゃ」
 容赦なく答えてやる。すると、豊は酷く落ち込んだ。
 よほど自分の歌唱力に自信があったのだろう。ある意味凄い奴だ。
 そんな豊を励ますかのように、館林慎吾がポンポンと豊の肩を叩く。
「豊、そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ」
「館林、こう言う時こそハッキリと言っておくものだ」
 さりげなくハヤトは慎吾に言った。豊はさらに落ち込む。
 ハヤトは席を立った。とりあえず、家に帰ろうと思う。
 豊が素早く反応してハヤトの前に立つ。その動き、約三秒。
「神崎、カラオケ!」
「却下。行く気ない」
「だったら、皆で映画とかどう?」
 タイミング良く、学級委員の片桐美香が割り込んでくる。
 映画、と言う言葉を聞いて、豊が大きく頷く。
「おぉ、映画! だったら、今上映やってる『風とお前と私と』を観るぞ!」
「豊、切り替わるの早いって……」
「その前に、それを観るとは限らないだろ」
 慎吾が驚き、ハヤトが呆れる。そんな二人を見て美香は苦笑していた。
『風とお前と私と』と言う映画は、ここ最近上映を始めた人気の映画だ。
 主人公である女の子が『フージン』と言う奇妙な生き物と冒険する話らしいが、詳しくは知らない。
「あ、神崎君。美咲ちゃんも来るから、神崎君も来てくれるよね?」
「……いや、何で紺野が行くから俺も行く事になるんだよ?」
 ハヤトにとって、それがかなりの謎である。
 すると、「先輩〜」と聞き慣れた声の持ち主が現れた。紺野美咲だ。
 かなり嬉しそうな表情だ。一体何が嬉しいのやらとハヤトは思う。
「先輩、映画を観に行きましょう! 今人気の『風とお前と私と』を!」
「……その話をやっていたんだ、ちょうど。仕方ない、行くか……」
 これ以上の抵抗は無駄だと考え、ハヤトは渋々と頷いた。



 ハヤトの祖父・獣蔵の修行はより激しさを増していた。
 先祖代々伝わる剣技『身華光剣術』を伝承させる為なのか分からないが、かなり熱が入っていた。
「…………」
 風を感じ、ハヤトが目を閉じている。
 目の前に立つわら人形へ向けられた竹刀の先へ、全てを集中する。
「――――!」
 一閃。ハヤトが竹刀を振るう。それも見えない速さで無数に。
 太刀筋から竜巻が巻き起こり、わら人形へと向かっていく。
 無数の竜巻に襲われたわら人形は、一瞬のうちに掻き消された感じだった。
「どうやら、究極の太刀・朱雀明神剣は完璧に使いこなせるようじゃな」
 わら人形の結末を見て、獣蔵はその言葉を吐いた。
 身華光剣術には、ハヤトの使う一刀剣技以外にも存在する。
 それは従兄・シュウハの使う二刀剣技だ。二刀剣技は一刀剣技よりも扱い難く、シュウハですら苦戦した。
 しかし、獣蔵が今教えようとしているのは神崎家の影に値する存在――――『究極の太刀』だ。
 最強にして、強靭な破壊力を秘める剣。その剣技は神崎家の長老のみ知っている。
 ハヤトが先ほど繰り出した技こそ、究極の太刀の一つだ。
「究極の太刀には、朱雀明神剣、青龍破靭斬が主な太刀じゃ。
 しかし、お前には究極の太刀の秘儀、『光凰翼の闇』を覚えてもらうぞ」
「光凰翼の闇……?」
「そうじゃ。決して闇を見出さぬ鳳凰の太刀じゃ」
 そして、獣蔵が竹刀を持つ。
「ハヤト、おぬしが本当に“聖域(=ゾーン)”に入れたのなら、これは見切れるはずじゃ」
 獣蔵の周りに風が集まる。ハヤトは竹刀を構え直そうとした。
 しかし遅い。獣蔵の姿が一瞬のうちに消え、ハヤトの向かい側から後ろに立つ。
 その時、ハヤトが崩れた。体中の激痛に耐えられなかったからだ。
 そう、獣蔵が得意とする六つの『無の太刀』を放つ“凱歌・閃”だ。
「てめ……じじい……『無の太刀』は無理だぞ……!」
「かなりダメージが大きいのう……。最小限にまで手加減したのじゃが……」
 それでも、相手をここまで激痛に苦しませると言う事は、やはり『無の太刀』は強い。
 獣蔵は竹刀を降ろし、ハヤトに近づく。
「ハヤト、“聖域”に入っておったか?」
「あのな……」
 喋るだけでも限界だった。ハヤトはふらつきながらも立ち上がる。
 確かに“聖域”には入っていなかった。獣蔵はひげをいじりつつ言う。
「“聖域”に入った状態ならば、わしの『無の太刀』も見切れるはずじゃ」
「……“聖域”に……入っていれば……!?」
 ハヤトが祖父を見る。獣蔵は頷いた。
「そうじゃ。わしの『無の太刀』も、所詮は物理的な力じゃからな」
 再びハヤトと間合いを取り、獣蔵が構える。
 その時、翼を持った龍の波動が獣蔵を襲う。すぐに避けられてしまったが。
「おぬし、青龍破靭斬まで使えるようになっていたのか!?」
「ったり前だ! 『無の太刀』のお返し、全部ぶちかましてやる!」



 アリサはグラナの看病をしていた。付きっきりで。
 グラナは次第に弱くなってきている。それは看病をしているから分かる。
「お婆様……」
 なぜグラナがこうなってしまったのか、それは先代《武神》のジャフェイルが教えてくれた。
 霊力の低下。そして、無理な霊力の解放。まさにそうだった。
 次第に弱くなっていた霊力で、無理にイシュザルトを主砲形態にさせた事で、ついに身体が限界だったのだ。
「私が力になってあげられたら……」
 自分の霊力を少しでも祖母に分けてあげられたら、とアリサは思う。
「姉ちゃん、婆ちゃんの具合はどうだ?」
 アランがノックもせずに入ってくる。相変わらず油まみれで。
 何を作っているのかは知らないが、アリサは軽く首を横に振る。
「相変わらずよ……」
「そっか……こういう時、医者みてぇなのがいてくれたらなぁ……霊力に関しての」
「そうね……」
 アリサにとって、霊力に詳しいと思うのはハヤトとシュウハだ。
 特にシュウハは色々と知っている。
「姉ちゃん、少しは休めよ。婆ちゃんは俺が看てるからさ」
「ううん、平気よ。私は平気……」
 そう、祖母に比べれば平気なのだ。ただあまり寝ずに看病するだけだから。
 アランはしばらく、姉のどこか寂しそうな姿を見て何も言えなかった。



 影なる身華光剣術『究極の太刀』は、全て攻撃に特化した剣技だった。
 何時の時代の《霊王》が編み出したのかは不明だが、今まで使えた者はいない。
 天性的な戦闘センスを持ち、それ以上に『何か』を持っていなければ不可能だと言われているのだ。
「朱雀爆輪剣ッ!」
 ハヤトが竹刀を無数に振るい、無数の炎を纏ったかまいたちを放つ。
 そして、すぐに集中力を増し、無数の竜巻を放った。
 炎を纏った無数のかまいたちが目の前のわら人形を切り刻み、その後に無数の竜巻が掻き消す。
「……朱雀明神剣は、朱雀爆輪剣よりも使いやすい……?」
 今まで誰にも使えなかったと言われる『究極の太刀』は、ハヤトが思っていたより使い慣れている。
 いや、基本的な太刀は朱雀爆輪剣に似ていると思った。
「どうやら、『究極の太刀』を全て極めるには、身華光剣術の基本に戻るしかないな……」
 身華光剣術の基本――――玄武正伝掌から全て戻り、一からやり直していけば良いと思う。
 そして、“聖域”に入ったままで素早く技に対応できるようにしたい。打倒祖父の為にも。
『究極の太刀』の威力はある程度分かった。今までの剣技とは段違いに強過ぎる。
 だからこそ、今後の戦いの為にも使えるようにしておく必要がある。
「……俺の考えた七つの『無の太刀』はどうしようかな……」
『究極の太刀』を覚えていくうちに、七つの『無の太刀』を身につける事に疑問を持った。
 確かに『無の太刀』は強い。しかし、それ相応の技量も必要となる。
 だからこそ、祖父の獣蔵が使えて最強の太刀なのだが。
「……アリサは、今頃どうしているだろう」
 ふと、今まで側にいた人の事を考えるハヤトだった。



 グラナの様子が急変。その事を聞いて、今まで休んでいたアリサがグラナの元へ走る。
 ジャフェイルが言うには、すでに限界なのだから、もう駄目だろうと言う事だ。
(嫌……そんなの嫌……!)
 両親を早くに亡くし、今まで祖母として色々な事を教えてくれたグラナ。
『家族』の温もりが誰よりも残っているグラナに死んで欲しくないと思う。
 いや、絶対に死んで欲しくない。
「お婆様!」
 グラナが寝ている部屋には、アランとフィルツレント(=医者)がいる。
 アリサがアランに聞こうとする。しかし、アランはすぐに首を横に振った。
「……もう、どうしようもねぇってよ……」
「そんな……お婆様……」
 静かにグラナの元へ近寄るアリサ。グラナはもう虫の息だった。
 アリサに気づいたのか、グラナが弱々しい口調を開いた。
「アリサ……アラン……」
「お婆様、しっかりしてください。まだ……まだ死んで欲しくありませんっ……」
「そうだぜ、婆ちゃん! 婆ちゃんはどんな時でも霊戦機操者の“支え”だろ!?」
「……それは……そうだけどね……」
 グラナがアランの目を見る。自分が愛した人――――フォーカスに似ている。
「……アラン……イシュザルトを……皆を頼むよ……」
「な!? ば、婆ちゃん……!?」
「……アリサ……」
「はい……」
 グラナの手を握り、アリサが涙を浮かべている。
 そんな彼女の手を、優しくグラナは握り返した。
「……アリサ……お前は本当に優しい子だ……その優しさを……忘れないで……おくれ……」
「はい……はい……」
「あと……」
 グラナが無理に笑顔を作る。これが、二人の孫に残せる最後の笑顔。
「……二人とも……幸せに……なるんだ……よ……」
 その言葉を放ちつつ、グラナは静かに息を引き取った。
 アリサが握っていたグラナの手が、ゆっくりとベッドへ落ちる。
「嫌……嫌ぁ……」
 アリサは再びグラナの手を取った。しかし、その冷たい手は動こうとしない。
 フィルツレントが静かに首を横に振る。「ご臨終です……」と。
 その言葉が耳に入り、アリサは泣き崩れた。
「……お婆様……お婆様ぁぁぁ……っっっ」
「婆ちゃん……婆ちゃん!」
 二人は涙を流す。今まで自分達を育ててくれた祖母の死を前に。
 グラナ・エルナイド。霊戦機操者の“支え”であった女性であり、温かい人。
 享年64歳。二人の孫の成長を見届ける。



 ハヤトは一瞬、何か変な感覚に襲われた。
 翼が羽ばたく音。鳥の鳴き声も聞こえる。
「……?」
 目元を触れると、なぜか涙を流している事に気づく。
「……何で、だよ……?」
 片手で目元を隠し、小さな嗚咽を漏らす。
「……何で涙が……悲しいんだよ……?」
 聞こえてくる翼の羽ばたく音、鳥の鳴き声。
 そして、どこか悲しい感覚。再び“声”が聞こえてくる。

 ……悲しみが……僕の心を悲しませる……。

「悲しみ……?」
 ハヤトは涙を流しつつ、その言葉が不思議でどうしようもなかった。



「先輩〜、今日は喫茶店に行きましょう〜!」
「……あのな、昨日からちょっとブルーなんだ、気分が」
 突然悲しい感覚に襲われて妙だった。気分が乗らない。
 そう答えると、紺野美咲はハヤトの腕を組んでくる。
「お、おい、紺野?」
「だったら、なおさらの事喫茶店に行きましょう! バッチリ元気出ますよ!」
「そんな事ないだろ……」
 しかし、このまま帰るのも嫌だと思う。ここは、紺野に付き合うか。
 ハヤトはここ最近、「性格、丸くなったな俺……」と心の中で嘆いていた。
「さあ、行きましょう!」
「……分かったよ。ただし、紺野の奢りだからな」
「え〜!? 先輩の奢りですよ、当然!」
「……誘っておきながら奢らせるのか、お前は?」
 そう言うと、美咲は「当然ですよ。だって、相手が先輩ですから」と答える。
 どちらにせよ、奢ってくださいと言っているとハヤトはため息をついた。



 少し新しく、どこかレストランを思わせるような喫茶店だ、とハヤトは思う。
 美咲は容赦なくレアチーズケーキとレモンティーを注文している。
「先輩はどうします? 私と同じで良いですか?」
「いや、コーヒーだけで良い……」
 財布の中身を確認しつつ、ハヤトは答える。まぁ、奢っても支障はないだろう。
 これで学食代が2週間分もなくなったような気がする。
 まぁ、部活の助っ人でもやって報酬をもらえば良いのだが。
「初めてですね! 先輩とこうして二人きりで喫茶店に入るなんて!」
「そうだな……。いつも皆と一緒だからな」
 何をやるにしても、必ずクラスの奴らがいる。
 特に笑えるのが加賀見陽平だ。あいつの変な認識はまるでアランを思い出させてくれるからだ。
「先輩、この頃どこか元気なさそうですよね」
「……まぁな」
 美咲の突然の質問もあっさりと返す。
「あの……アリサさんとはどうなったんですか!?」
「別れていない。ただ、アリサには事情が色々あったから、引っ越したんだ」
 本当はネセリパーラへ還ったのだが、混乱を招かないよう、シュウハの行動でアリサは転校したとなっている。
 理由としては、今までは新居が建つまで親戚の家で世話になっていたと言う事にした。
 それに関してはシュウハも頷いてくれたのだ。
「じゃあ、今はフリーですよね!?」
「……何でそうなる?」
 別れていないと答えたのだが。
 注文していた品が届き、ハヤトはコーヒーを一口飲む。
 美咲は何かを決意したかのような表情でハヤトを見る。
「先輩……私と付き合ってください!」
「な……!?」
 かなり驚いた。おそらく、コーヒーを飲んでいる途中であれば吹き出していた。
 しかも、こんな所でそんな事が言える美咲は、かなり顔が赤い。
「私、先輩に会った時から好きで……一目惚れで……!」
(知っているよ、そんな事)
 今まで追っかけとして、毎日教室まで足を運んでいたからな、と。
 確かに美咲は可愛いだろう。けれど、ハヤトにとって、勿体無いと思える。
 ここまで一途な姿は評価しているが、やはりハヤトにはアリサしか見えていなかった。
 いや、アリサがいてくれたからこそ、今の自分がいるのだ。
 だから、アリサと一緒にいたい。彼女の事を愛していると言う感情もある。
「先輩は……先輩は私の事が好きですか!?」
「それを聞かれるとな……」
 言葉に詰まる。嫌いとは言えないし、好きとも言えない。
 ハヤトは悩んだ。どう彼女に答えたら良いか。

 ――――ハヤトさん……。

 ふと、言葉が聞こえた。頭に直接伝わる。
 アリサの声だ。しかし、なぜかヴァトラスの時と同じ感覚がしている。

 ――――ハヤトさん……。

(アリサ……なのか?)

 ――――ハヤトさん……助けて……。

(え……? 助けて……!?)

 ――――闇が……助けて……ハヤトさん……。

(アリサ、どうしたんだ? 何が起きたんだ!? ネセリパーラで何が起きた!?)
 しかし答えは返って来ず、アリサの声が聞こえなくなった。
 何が起きたのか分からない。しかし、ハッキリと聞こえた。「助けて」と。
 ハヤトは席を立ち、代金を美咲の前に置く。
「せ、先輩!?」
 目を見開いて驚く美咲。ハヤトはどこか怖い表情だった。
「悪い。俺は紺野と付き合えるほど良い奴じゃない。それに……」
「そ、それに?」
「……俺には、アリサがいるから」
 そう言って立ち去るハヤト。美咲はため息をついた。
「……あ〜あ、振られちゃった……」
 しかし、どこか気分が良かった。ハヤトの瞳がどこか輝いていたからだ。
 怖い表情だったけれど、それでも前のみを突き進んでいるような瞳が好きになった。
 いや、正確に言えば惚れ直したと言うべきか。
「……でも、私は諦めませんよ、先輩っ」
 逆にアリサへの闘争心を燃やす美咲である。



 すぐに自宅へ戻り、ハヤトは部屋から霊剣ランサーヴァイスを取り出した。
 異世界への扉を唯一開く事が出来る剣。ハヤトは鞘から引き抜き、集中する。
「頼む。ネセリパーラへ……アリサの所へ連れて行ってくれ……!」
 しかし、ランサーヴァイスは何も反応しない。ハヤトに霊力がないからだ。
 あまりにも自分の霊力の無さに悔やみ、ランサーヴァイスを強く地面に叩きつける。
「くそっ……アリサが助けてって言ってるのに……どうする事もできないのか……!?」
 早くしないと何か嫌な予感がする。
 ハヤトは再びランサーヴァイスを構え、目を閉じる。
 自然に究極の集中力“聖域”に入り、風の流れを感じる。
「――――無駄じゃ。今のランサーヴァイスでは、ネセリパーラへは行けんぞ」
「――――!?」
 風の流れが変わった事に気づき、ハヤトはその声の方向に目を向ける。
 祖父である獣蔵が竹刀を二本持ってそこに立っている。
 ハヤトは獣蔵の言葉に疑問を持った。
「……どう言う事だ? じじい」
「ランサーヴァイスの力は、わしの霊力によって封印しておる。
 霊力のないおぬしでは、その封印も解けず、ネセリパーラへは行けんからの」
「……そういう事だったのか」
 霊力がなくても異世界へ行く事はできる。それは、ハヤトが《霊王》だからだ。
 しかし、その力を霊力で封印すれば、解く時にも霊力が必要となる。
 つまり、霊力の無いハヤトでは絶対に異世界へは行けないのだ。
 獣蔵が竹刀を一本ハヤトへ投げつけ、ハヤトはそれを受け取る。
「ネセリパーラへ行きたければ、わしを倒してみるんじゃな。
 そうすれば、ランサーヴァイスの封印も解いてやろう」
「……ああ。手加減はしないぜ、じじい!」
「それは、わしの台詞じゃぞ」
 獣蔵は真剣だった。今までにない気迫を感じる。
 獣蔵の周りに風が集まっている。ハヤトも竹刀に力を込めていく。
「見切れるのならば、避けてみるが良い……わしの『無の太刀』をな」
「こっちだって、身華光剣、秘儀!」
 ハヤトの握る竹刀が赤熱に染まり、風を集めていく。
 瞬間、二人は動き出した。
「行くぞ、凱歌・閃じゃ!」
「はぁぁぁああああああっ! メテオ・オブ・シャインッ!」
 竹刀から無数に放たれる炎の波動。しかし、獣蔵は一瞬で避けている。
 獣蔵が得意とする六つの『無の太刀』がハヤトを襲う。
 まずは『裂』と言う『無の太刀』。しかし、ハヤトの姿がまるで影のように消えた。
「何!?」
「ここだ、じじい!」
 竹刀を上段に構えているハヤトが獣蔵の後ろに立っている。
「身華光剣、青龍破靭斬ッ!」
 真っ向から振り落とされる竹刀から、翼を持った龍の波動が放たれた。
 獣蔵はその直撃を受けたと思われたが、ハヤトはすぐに読めていた。
 上空にいる事は分かっている。あとは、空中では逃げられないこの技を使うだけ。
「朱雀明神剣ッ!」
 無数に放たれる竜巻。獣蔵は素早く凱歌・閃を使って上手く避ける。
 再び向かいあい、ハヤトは竹刀を握り締めた。
 やはり強い。これが先代《霊王》である獣蔵の実力だ、と。
 しかし、獣蔵は竹刀を降ろした。「わしの負けじゃ」とハヤトに言い出す。
「負けって……まだじじいは負けていない!?」
「確かに、一撃も受けておらんのじゃが、『無の太刀』を避けられては勝ち目もない。
 ハヤト、一体どうやってわしの『無の太刀』を避けおった?」
「……身華光剣術・究極の太刀、疾風幻影斬。それを使ったんだ」
「なるほどな……」
 ハヤトが習得していった『究極の太刀』には、一閃の如く敵を斬りつける剣技がある。
 それが疾風幻影斬であり、獣蔵の『無の太刀』を避けれると思った唯一の方法だった。
 獣蔵がランサーヴァイスを握り、霊力を集中させる。
「わしの『無の太刀』を、まさか“聖域”を使わずに剣技で避けるとはな」
 ランサーヴァイスをハヤトに渡す。ハヤトが手にすると、光がハヤトを包み込んだ。
 ハヤトは目を見開かせ、獣蔵を見る。
「じじい、封印……!?」
「……ハヤトよ、これからの戦いで、お前はさらに辛い思いをするじゃろう……。
 じゃが、これだけは決して忘れるな。『お前は必ずしも一人ではない』とな」
「……ありがとう、じじい」
 光が消えようとする。ハヤトと共に。
「……必ず、終わらせて還って来い。アリサと共にの」
「ああ。必ず……必ず、この聖戦を終わらせるから――――」
 その言葉を最後に、ハヤトの姿は消え、ランサーヴァイスが地面に落ちる。
 獣蔵は空を見上げて呟く。
「……わしももう少し若ければ、ハヤトには負けなかったじゃろうな……」
 しかし、その反面嬉しいと思う。これで、身華光剣術の継承者が誕生した事に。

 聖戦は再び始まり、ハヤトは異世界へ。
 アリサの為にも、父やサエコとの約束の為にも、聖戦を終わらせたいと決意する。

 そして、この時から『真の聖戦』が幕を開けようとしていた――――。



 第六章 別れ。その涙を見せないで・・・

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