終章 心の傷


 異世界の地で眠る『何か』が目覚めようとしている。
 あの時――――地球創造の時に、奴に負けた時の屈辱は忘れていない。
『今は……まだ完全に蘇る事はできないか……』
 奴の封印はかなり強力だ。四十億年以上経つが、まだ弱まる事がない。
 いや、多少は弱まったか。お陰で少しは楽しめる。
『完全に蘇れば……奴の力を持つ者を殺せる……!』
 全ては復讐の為に。全ては破壊の為に。全ては我が為に。
『全ての破滅の始まりは、ここからだ……!』



 ハヤトはその大地へ再び足を踏み入れた。
 異世界ネセリパーラ。緑が失われ、荒れ果てた大地と機械都市の世界。
 そして、全てが始まった地。
「……久しぶりだな、ヴァトラス」
 目の前で巨大な岩に腰掛けている霊戦機に話しかける。
 黄金に包まれた二枚の翼。神々しい角。青い目に宿っている人間のような瞳。
 そして、胸と刀身にはめ込まれている七つの異なる色をした宝玉。

 神王霊戦機ゴッドヴァトラス――――故友の力を得て進化した希望の力。

 ヴァトラスは静かに瞳を光らせた。
「……ヴァトラス、また戦いが起きた事は知っているはずだ」
 ハヤトは拳を握り締める。
「でも……今の俺には霊力はない……それでも俺を《神王》として乗せてくれるか……?」
 その言葉にヴァトラスが応える。手をハヤトの前まで差し伸べ、コクピットへ導く。
 両側に置かれている青い球体。それに触れて、ハヤトは静かに「ありがとう」と呟いた。
 コクピット部分を閉じ、ヴァトラスが立ち上がる。
 そして、再びネセリパーラの空へ舞い上がった。



 王都アルフォリーゼ――――戦艦イシュザルトを持つ最大の機械都市。
 その都市が敵とも言える国に攻撃を受けていた。霊戦機の模造機である霊力機が応戦する。
 その中に、戦艦イシュザルトの姿は当然存在していた。
「くっ……イシュザルト、多連装レーザー!」
『了解。多連装レーザー、一斉射撃』
 副長ロフの言葉に、人工知能イシュザルトが動く。
 艦長グラナ亡き今、新艦長は決まっておらず、ロフがどうにかするしかなかった。
『敵、フォーメーション変更を確認。射撃戦重視と判断』
「何!? アルスとリューナは下がれ! シュダ、ミーナは攻撃を継続! ルーナはサポートだ!」
 ロフが叫ぶ。その気迫は、グラナの為だった。
 今まで艦長として戦争における知識を全て教えてくれた人物。
 ロフにとって、グラナは上司であり、同時に師でもった。
「こう言う時に、霊戦機があれば……!」
『おいおい、霊戦機に頼る訳にはいかねぇって。霊戦機には、役目があるんだからよ』
 聞いていたのか、通信機からアランの声が聞こえる。
 今、アランはイシュザルトのデータを徹底的に調べ、出力不足の問題を解決しようと考えていた。
 これには、先代《武神》ジャフェイルも協力しているが、今のところ解決策はない。
『しっかし、向こうもよくやってくれるぜ。俺の作った霊力機が負けるわけないってば』
「霊力機は数が足りん。セイバーアークも、操者がいない」
『……まぁ、姉ちゃんを乗せても動かす事は出来ねぇからな』
 一度、アリサによって動いたセイバーアークだったが、人工知能イシュザルトがいなければ動けなかった。
 それに、実戦経験のない人間に戦わせるほどロフは弱くない。
「アラン、ブレーダーは出せるか?」
『ブレーダー!? ちょっと待てよ、あんな旧式で出る気か!?』
 ロフが副長ではなく、操者だった頃の愛機・霊力機ブレーダー。
《武神》の霊戦機ヴィクダートを原型に作られ、その性能は意外と高い。
 操者次第では今の霊力機をも上回る。
「出せるか?」
『無理に決まってるだろ! あの旧式は、ただでさえ整備が厄介なんだぞ!
 それに、婆ちゃんがいねぇ今、ロフまで死んだらどうする!?』
「確かにそうだがな……このまま黙っておく事もできん」
 そんな時、敵側の方で巨大な爆発が起きた。
 敵側で主要とされている霊力を持たない者でも動く事ができる霊兵機が空を飛び散る。
 その中に、二体の謎の物体がいた。大きさは霊力機の三倍近くはある。
『ふん、これが今の文明が作り出した力か? 腕慣らしにもならん』
 血塗られた紅い全身で、己の背丈と同じように長い巨大な剣を持つ機体が喋る。
 さらに、緑色の全身で同じく巨大な斧を持つ機体が霊兵機を破壊していく。
『つまらないな。多少は期待していたが、所詮は人間か』
『小童どもなど、軽く捻り潰すまでだ』
 二体が一瞬にして辺りを爆発させる。その威力は怨霊機を超えていた。
 唖然とした表情でロフが口を開く。
「敵国の霊兵機とは言え……一瞬で全滅だと……!? イシュザルト!」
『データ検索……該当なし。機体データ、該当なし』
「何だと!? だったら、あの二体は何だと言うんだ!?」
『不明』
 ロフは頭を抱える。イシュザルトでも分からない機体が現れた事に。
 いや、あれが艦長の孫・アリサの感じた『闇』なのだろう。
「……全霊力機は撤退。すぐにイシュザルトに戻れ……!」
『な……!? 副長、本気で言っているのか!?』
『このまま逃げても意味ないの! 分かってるの、ロフ!?』
『リューナ、一応落ち着きなさい』
 アルスの怒鳴り、リューナの訴えをなだめるミーナ。
 いや、普通はロフの娘であるミーナが文句を言うのだが。
「つべこべ言わずに戻って来い! お前はここで死にたいか!」
 ロフの最大の怒鳴りが霊力機操者たちに響いた。



「――――!?」
 突然、何かの衝動に襲われた。
 ハヤトはヴァトラスのコクピットの中で声が聞こえていた。

 ……闇が……動き出した……。

「動き出した……?」

 ……奴が……目覚めようとしている……。

「奴? 一体、何が目覚めるって言うんだ?」
 しかし答えはない。ヴァトラスが唸りを上げる。
 ヴァトラスも何かを感じている。そして、何かが始まろうとしている。
 ハヤトは歯を食い締めた。
「……何が起きたのか分からないけど……急いでくれ、ヴァトラス!」
 それに応えるかのように、ヴァトラスは翼を大きく広げた。



 グラナの死後、アリサは何かを感じるようになっていた。
 どこか不安になり、恐怖を感じる事がある。
 最初はハヤトがいないと言う寂しさからだろうと自分でも思っていたが、違っていた。
「闇が……目覚めて……誰かが助けを求めているの……?」
 自分でも分からない。しかし、なぜか感じるのだ。
 何度か見た《覇王》より強い『闇』の力。それが、ネセリパーラを怯えさせている。
 いや、自分の愛している人にとって危険だと思う。
「……ハヤトさん、お願い……早く来てください……!」
 少しでも早く会いたい。無事な姿を見たい。不安を取り払いたい。
「……ハヤトさん……ハヤトさん……!」
 手を合わせ、アリサは強く祈る。



 二体がイシュザルトを見て、やや嬉しそうな笑みを溢す。
『あれが、最大の破壊を秘めた戦艦とやらか』
『ふん、ただのデカブツか、それとも我らを楽しませてくれるか』
 二体がイシュザルトへ近づく。ロフは葛藤していた。
 イシュザルトの封印を解き、主砲形態を使うか。このまま退くかを。
 しかし、このまま退けば王都が危険になる。
「何か策はないのか……!」
 目の前にある主砲形態のコンピュータを睨む。しかし、自信がない。
 もし主砲形態に変形できたとして、自分に操作が出来るのか不安なのだ。
「副長、敵が近づいてきます!」
「くっ……」
 オペレータの言葉にどうすれば良いか迷う。
『――――霊戦機反応。データ該当は《霊王》』
「……《霊王》? まさか!?」
 その瞬間、イシュザルトに近づく二体を一閃の波動が襲った。



 ヴァトラスはついに敵と対面した。ハヤトが目を見開かせる。
「怨霊機……? いや、あれは違う……!?」
 怨霊機の時は、まだ憎いものがあったが、あの二体は違った。
 今まで感じた事がない恐怖を感じる。ヴァトラスが吼える。
「ヴァトラス……!?」
 両肩に砲台が装備され、狙いを定めるヴァトラス。
 ハヤトは舌打ちした。今のヴァトラスは、アルトシステムによって動いている。
瞬間、ヴァトラスが砲門を開き、波動を放つ。

 ……無理……倒せない……。

「え……?」
 再び聞こえてきた声。ハヤトは目を見開かせる。
 紅い機体がふっと笑みを浮かべ、ヴァトラスの放った波動を無力化した。
『甘いな。この程度で我を倒そうとしていたか?』
「今のを避けた……? いや、確かに直撃だったはず……!?」
『なるほど、その機体は霊戦機。少しは、腕慣らしになるか』

 ……逃げて……今は……逃げて……。

「逃げろって……このままアリサ達を放っておくわけにはいかない! ヴァトラス!」
 ハヤトの呼びかけにヴァトラスが応える。
 専用の剣・霊剣ランサーヴァイスを手にし、二体へ向かう。
『手合わせか。ゴージア・バルオームよ、どうする?』
 緑色の機体が紅い機体――――ゴージア・バルオームに訊く。
 ゴージア・バルオームは巨大な剣を手にした。
『奴は我が相手をする。面白そうだ。サン・デュオーム、手出しはするな』
『誰もお前の獲物を取る事などせん』
 サン・デュオームの言葉に、ゴージア・バルオームはヴァトラスを襲う。
 激しくぶつかる剣。しかし、大きさのせいか、ヴァトラスの方が不利だ。
 ハヤトにはどうしようもできない。
(今の俺じゃ、ヴァトラスを動かす事はできない……!)
 霊力さえあれば、“聖域(=ゾーン)”でアルトシステムを味方につけて戦う事が出来る。
 しかし、今は無理だ。ヴァトラスに頼るしかない。
『これがお前の力か?』
「くっ……!」
 ゴージア・バルオームが力を加えていく。ヴァトラスはそれを受け止めているだけで限界だった。
 ランサーヴァイスがピシピシと聞きたくない音を出している。
『どうした? 本気を出せ』
 ゴージア・バルオームは、その冷たい瞳でハヤトを睨む。



 アリサはミーナの一言に動いた。ブリッジまで駆け出す。
 ロフが艦長の椅子に腰掛けていながら、真剣にヴァトラスの動きを見ていた。
 リューナが焦り始める。
「ちょっと、ロフ! いつまでこのままにする気よ!?」
「…………」
「このままじゃ、あいつだって死んじゃうじゃない! 聞いてる!?」
「分かっている!」
 怒鳴り返し、ロフはコンピュータを叩いた。
『主砲形態ロック解除準備完了』
 人工知能イシュザルトの言葉に、ロフは静かに頷く。
 イシュザルトは霊戦機にとっての最終兵器。今はヴァトラスの様子を窺うだけだ。
「ハヤトさん……ハヤトさん!」
「ちょ……いきなり通信を取らないでください!」
 オペレータが怒鳴る。アリサは不安だった。
 ハヤトがどこかに消えてしまいそうで。自分の前からいなくなりそうで。
 だから必死に声が聞きたい気持ちだった。
「ハヤトさん、返事をしてください! ハヤトさん!」
『……くっ、ヴァトラス!』
 しかし想い届かず。目の前のモニターにはヴァトラスがゴージア・バルオームと今だ剣を交差しているままだ。
 その時、ヴァトラスの剣が力負けして折れてしまった。
 ゴージア・バルオームは、それを待っていたかのように巨大な剣を振り落とす。
 剣がヴァトラスの胸を貫いた。
「――――!」
 アリサが悲痛の叫びを出す。



 ヴァトラスがハヤトを守った。上手くコクピット部分を避け、左腕の機能が破壊されたが。
 ゴージア・バルオームが剣を引き抜き、ヴァトラスの頭を掴む。
「ぐっ……ああああああ……ッ!」
『これが《霊王》の強さか? 弱い。この程度で我らを倒せると思っていたのか?』
 頭を掴む手に力が加えられる。ヴァトラスは右手を動かした。
「ああああああ……ッ!」
『冥土の土産だ。貴様の悲しみでも見せてやろう』
「……ぐっ……あああ……ッ……」
 目の前が暗くなる。見たくないものが見える。
 思い出したくない過去。独りだった頃の過去。
「や……やめ……ろ……」
 思い出したくない。戻りたくない。
 あの頃に――――独りだった頃の自分に戻りたくない。
「……やめ……やめてくれ……」
『ほう。随分と面白いな。これがお前の悲しみか』
「……あ……あああ……ッ」
 涙が頬を伝って流れていく。あの頃の自分ばかり見えてきて。
 とても悲しい。とても嫌だ。何もかも思い出したくない。
「……あ……や……めろ……」
 動いていたヴァトラスの右腕がだらりと下がる。
『精神を崩壊させてしまったか。これで、《霊王》がいなくなった訳か』
 つまらない。それがゴージア・バルオームの本音だった。
 ヴァトラスを掴む手を静かに緩め、空中へ放り投げる。
巨大な剣がヴァトラスへ向けられた。
『すぐ楽にしてやろう。悲しみなど見れぬ様にな』
 目の前にまで落ちてきたヴァトラスに剣を振り落とそうとするゴージア・バルオーム。
 瞬間、その剣を持っていた腕が切り落とされた。
『何!?』
「――――どこを見ている?」
 その冷淡な口調のする方向へ全身を向ける。一閃が再びゴージア・バルオームを斬る。
 ゴージア・バルオームは信じられなかった。《霊王》ですら勝てない自分が、ここまでダメージを受けている。
『ゴージア・バルオーム!』
「――――どこを見ているんだい? よそ見は命取りだよっ!」
 そしてサン・デュオームを襲う強大な衝撃。見事吹き飛ばされる。
 二本の刀のような剣を持った霊力機と、女性型で右腕にナックルを装備した霊力機がそこにいた。
 その姿を見て、まず驚いたのはロフだったが。
「な……ブレーダー!? しかも、アスティアもか!?」
 霊力機ブレーダーと霊力機アスティア。間違いなく、二機は昔の霊力機だ。
 旧式なので二機とも整備が難しいとアランが言っていたが。
『あ〜……いや、あの二人が乗せろって言うからよ……』
「馬鹿者! 霊戦機でさえ勝てなかった敵に霊力機が……」
「勝てますよ。操作のコツは掴みました」
 ブレーダーに乗っている男が言う。
「ふん、たかが二体相手に苦戦するなんざ、まだ未熟ってもんだね」
 続けてアスティアに乗っている女性が痛い事を言う。
 その声の持ち主達が誰なのか、アリサはすぐに分かった。
「……シュウハさん……コトネさん!」
「全く、ハヤトの馬鹿を早く助けるよ、シュウハ!」
「ええ。分かっていますよ、姉さん」
 コトネがヴァトラスを抱きかかえ、シュウハが静かに敵を睨む。
 その殺気は、敵よりもあるのではないかと言わんばかりに。
 眼鏡を取り、今まで暗示的に封印していた霊力を解き放つ。
「ハヤトにあの過去を思い出させるとは……生きて帰れると思うな」
『……人間如きが!』
 ゴージア・バルオームが襲い掛かる。ブレーダーは瞬間的に避けた。
 ブレーダーの持つ二本の刀が赤熱に光り出す。
「身華光剣、二刀! 閃刃闇牙!」
 二本の刀から放たれる赤熱の刃。続けて刀が青色に光りだす。
「破刃光牙!」
 そして放たれた青い刃。その二つの技を放った動作は僅か数秒だ。
 ゴージア・バルオームの全身を、放たれた刃が切り裂く。
『ぐおぉぉぉっ!?』
「これで終わりだ」
 霊力を高め、シュウハが敵を鋭く睨む。
 ブレーダーが刀を一本は赤熱に、一本は青い光りを発する。
「身華光剣、二刀奥義! 龍神光闇斬!」
 大きく振り下ろされる二本の刀。赤熱と青の龍の波動が放たれる。
 ハヤトが使っていた身華光剣術・一刀剣技を超える剣技が、ゴージア・バルオームを苦しめる。
 シュウハの強さは、怒りもあるせいか段違いだった。
『……馬鹿な……我が此処まで……!?』
『……ゴージア・バルオームよ、ここは退くぞ』
『……くっ、仕方ない……!』
 まるで空間を転移するかのように逃げていく敵二体。
 しかし、シュウハはそれを追いかけず、すぐにハヤトの元へ駆け寄る。
 コトネは静かに答えた。「気を失っているだけだ、多分な」と。
「ったく、あたしの出番くらい作りな」
「今回はハヤトを助けるだけでした。奴らを本当に倒せるのは、ハヤトだけです」
「まぁ、いくら《霊王》の血を継いでいても、力がないからね」
 二機がヴァトラスの肩を担いでイシュザルトへ戻る。

 その時、ハヤトは自分を失っていた。
 無理に思い出された過去によって、自分の心を壊したかった。
 声が聞こえる。優しく、いつも自分の事を見守っていた声が。

 ――――僕が、君を守ってあげる。だから、自分を取り戻せ、ハヤト……。



宿命の聖戦 〜Legend of Desire〜 第二部 崩れ行く心 完

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