イシュザルトは王都アルフォリーゼに停泊している。
ジャフェイルの提案から、マサトはヴァトラスの声を聞いていた。
霊戦機が全て目覚めたなら、ヴァトラスも何か知っているはずだからだ。
「何か分かるかな? ヴァトラス?」
(天を翔ける《天馬》の声……空を舞う《星凰》の声……)
「《天馬》と《星凰》……?」
霊戦機の中では機動力が高く、敵のどんな攻撃も避ける《天馬》の霊戦機。
サポートを中心に、《霊王》の右腕とも言える存在《星凰》の霊戦機。
どうやら、この二機が目覚めているらしい。
(……大地の守護《地龍》のみ、まだ操者を選んでいない)
「え……?」
(《地龍》はまだ……前操者を待ち続けている……)
この時のヴァトラスはどこか悲しそうだ。そうマサトは思う。
アランは霊力機の整備を行いつつ、霊戦機に手がけていた。
全世界を救う力を持つ《霊王》の霊戦機とその盾であり、剣である《武神》の霊戦機。
性能からすれば、ヴァトラスは平均的であり、ヴィクダートは接近戦重視だ。
「……変だな、ヴィクダートにしちゃ性能が良いぞ?」
今は亡き祖母グラナに見せてもらったヴィクダートの性能に比べ、やや上がっている。
妙だった。こう言う事は絶対にありえないとグラナから聞いているからだ。
「……俺、何か改造したっけ……?」
なぜそう考えるのかと言うと、ヴィクダートが一度目覚めた時に少し中身を見たからだ。
その時に改造でもしたのかどうかは不明である。
「何をしているんですか? こんな所で」
「いやぁ、ヴィクダートの性能が上がっているから妙だなぁと……って!?」
ビシッとツッコミを入れたいと思いつつ、どこか恨めしそうな顔でその人物を見る。
アランの顔を見て、シュウハはため息をついた。
「やれやれ。霊戦機の性能が上がる事は妙ではありません」
「何でだよ? 婆ちゃんからは、絶対にありえないって……」
「それは、『進化』と言う過程が今までなかったからです」
その言葉にアランが目を見開かせる。
「ヴァトラスが進化を遂げている。しかし、他の霊戦機が進化しないと言う事はない。
ですから、性能が上がっているのはおそらく、『進化』の前触れです」
「って事は、姿とかも変わるのか!? ヴァトラスみたいに!?」
「それは分かりません」
イシュザルトの会議室では、霊力機操者が全員集められていた。
全員と言っても、たった六人だが、その戦力は比べ物にならない。
そして、ヴィクダートの操者であるロバートもそこにいる。
ジャフェイルが現在の状況を全て話し、結論を出す。
「今後の事についてだが、霊力機操者を一人加える事になった」
「ちょっと、たった一人なわけ?」
「リューナ、目上の人には敬語……」
ルーナの言葉に、リューナは「分かってるわよ」と小さくぼやく。
確かに、操者を一人増やしたところで戦力的が大幅に上がる事はない。
しかし、霊戦機の事を考えれば、一人と言うのは大きいのである。
「操者としては見習いだが、《地龍》の祖父を持つ。君らも知っているはずだ」
「それって、まさか……」
「そう。ゼロラード・エンド・バリティス君だ」
「……マジ、それ?」
ミーナが頭を抱え、リューナがため息をつく。
その二人の姿を見て、ロバートはただ黙っているだけである。
その時、会議室のドアが開いた。
「ミーナちゅわゎゎゎぁぁぁぁぁぁんっ」
両手を広げたまま、ミーナへ向かう赤髪の男。霊力機操者一同、呆れる。
ミーナは自分に向かって走ってきている男に拳の一発をお見舞いした。
「ぐはっ」
その反動で床に後ろから倒れる。その光景を見てロバートは笑いを堪えていた。
「うぅ……酷いや……」
「何が酷いのよ……」
「まさか、あんただったなんてね……」
霊力機操者である彼らはため息をつく。ロバートはまだ笑いを堪えていた。
ゼロラード・エンド・バリティス。通称『ゼロ』であり、ただの馬鹿。
しかし、その霊力は高いらしい。
ゼロが笑いを堪えているロバートを指差し、怒鳴る。
「そこ、何が可笑しい!?」
「いや……」
目を逸らす。ロバートの目は笑っている。
「テメェ、俺はあの有名な《地龍》の霊戦機に選ばれる可能性が高い操者だぞ!」
「……ゼロ、彼は《武神》の操者」
「何ぃ!?」
ゼロはとても大きな敗北感を味わった。
先代《地龍》の孫と言う事で、自分も選ばれると噂があった。
しかし、目の前の男は《武神》の操者。つまり、噂だけとは違うのだ。
リューナが呆れつつゼロの肩を叩く。
「……ま、あんたじゃ霊戦機操者は無理だから」
「む、無理!?」
「そっ。だって、まだ見習いだし」
「ががぁぁぁぁぁぁんっ!」
自分で効果音まで付け、ゼロは深く傷ついた。涙目でロバートを睨む。
「お、俺は認めないぃぃぃぃぃぃ!」
そう叫びながら、ゼロはどこかへ走り去ってしまった。
この時、ミーナは彼の姿を見て呟いた。「……馬鹿」と。
今度は戦場だった。ハヤトは今、一つの聖戦を見ている。
そして、気づけばヴァトラスの封印されていた神殿にいた。
『ここは……ヴァトラスの神殿……!?』
「レナスよ、本当に良いのか?」
一人、風格のある男が腕に赤ん坊を抱えた少女に訊く。
レナスと呼ばれた少女は、我が腕の中で眠る赤ん坊を見て頷いた。
「……ええ。この子は辛い思いをするかもしれないけれど……」
「《覇王》を除く怨霊機は滅んでいなかったとは……! しかも、霊戦機よりも強くなっている」
「こう言う時にヴァトラス殿がいれば、この状況を変えられただろうに……」
「シャルゼ!」
「……すまん、ファルナイト」
背中に剣を背負う初代《武神》ファルナイトは、同じく騎士と言う立場の初代《天馬》シャルゼに激昂した。
ヴァトラス。それは初代《霊王》の事。そして、初代《星凰》レナスの夫だ。
レナスは静かに首を横に振った。
「気にしていません。それよりも、早く行いましょう。ルレネト、ディア、お願いします」
「……分かった」
「はい。これより“扉”を開き、希望ある子を地球へ召還いたします……」
共に魔導士である初代《炎獣》ルレネトと初代《地龍》のディア。
風格のある男――――レナスの兄であり、初代《巨神》のグローバルは抱かれている赤ん坊の頬を撫でた。
戦いで認めた男ヴァトラスと我が妹との間に生まれた子。無限なる希望を持つ子。
そして、《地龍》のサポートを務めている騎士バルドスも赤ん坊の頭を撫でる。
「ヴァトラスの志を受け継ぎし子よ、お前はきっと父のように強くなれるはずだ……」
グローバルが剣を似せて作ったペンダントを赤ん坊に身につけさせる。
神殿内に風が巻き起こる。どうやら、“扉”が開いたようだ。
ディアが無理に微笑む。
「準備は整いました。レナス様……」
「……ええ」
レナスは我が子を抱きしめた。涙を流しつつ、赤ん坊を離したくないと言う想いで一杯になっていた。
まだ生まれて間もない子。これから先、一人で生きて行けるわけがない。
なのに、こうしないとこの子は幸せになれない。
「……ヴァレナス、ごめんね……でも、強く生きて……」
そう、自分が愛した人ヴァトラス・ウィーガルトのように生きて欲しい。
風が巻き起こる中心まで歩き、レナスは神殿内で眠りについている一機の霊戦機を見る。
王のように岩に腰掛けている最強の力を秘めた霊戦機。
夫の名を名付けた霊戦機に向かって、レナスは我が子を高々と上げる。
「……ヴァトラス、どうかこの子を見守ってあげて……。そして祈りましょう、この世界の平和を……」
赤ん坊が宙に浮かび、全身から光が溢れ出す。
「“扉”よ、無限なる希望を抱く子を平和なる場所へ……」
ルレネトが強く念じ、光が辺りを眩しく包んだ。
地球への召還は成功。あとは、怨霊機を倒すだけだ。グローバルが上空に存在するイシュザルトに命令する。
「イシュザルトよ、我らが霊戦機をここに。そして、お前ももう眠りにつくが良い」
『了解。霊戦機全機、操者の元へ転送。イシュザルトはこの時より封印を開始します』
ハヤトの目から涙が流れている。初代の霊戦機操者達の戦いを見て。
あの後――――赤ん坊を地球へ召還した後、彼らは霊戦機に乗り込んで怨霊機と戦った。
そして、その結末は言うまでもなかった。
『……ふざ……ふざけるな……!』
拳を強く握り締める。
『……自分の子供には生きて欲しい……だからって、死ぬのは間違っている……!』
涙を流さずにはいられない。あんな結末は嫌だ。
命を削り、霊戦機の力以上の力を引き出した操者達は、怨霊機と共に失われた。
ハヤトは光の鳥を睨みつける。
『……何が聖戦だ、何が《霊王》だ……何が全世界を救う力だ!
人が……簡単に人が死んでいく戦いなんて……そんなのって間違っている!
答えろ、光の鳥ッ! この戦いが全世界の為に何をした!? ただの人殺しじゃないか!』
…………。
光の鳥は黙っていた。ハヤトは唇を噛み締める。
『人が死ぬなんて……何かを失うなんて……こんな聖戦が皆の願っている事じゃないだろ……!』
……全ては、世界の為に。けれど、その願いは届かなかった……。
『…………』
……だから、僕も終わらせたい、この聖戦を。だから、君がこの力を持っている事が嬉しかった。
『……力?』
そう。僕と君は同じ存在……。
『同じ存在……?』
そして、再びハヤトは過去の出来事を知る事になる。
霊戦機が二機回収された。ロフは内心、マサトに感謝する。
目覚めた霊戦機の場所を知り、無事回収できたのは、ヴァトラスの声を聞く事ができるマサトのお陰だ。
格納庫では操者達が騒いでいる。特にアランは興味津々で霊戦機を見ていた。
「ほぇ〜、四足歩行型で霊戦機最強の機動性かよ〜」
右腕にボーガンを装備した四足の霊戦機――――《天馬》の霊戦機を見つつ、アランは感嘆としていた。
シュウハが簡単ながらも説明する。
「霊戦機ペガスジャーノン。四足歩行と言えど、その俊敏な動きは最強を誇ります」
「なるほど〜。んで、あれが《星凰》の霊戦機ブレイドルスか」
まるで戦闘機のような翼を持つ《星凰》の霊戦機。アランは心の底で嬉しがっていた。
《霊王》、《武神》と二機の霊戦機の整備をしてきた上に、こうやってまた増えるのは気分が良い。
それに、改造もできるから、と。
「さ、操者がそろそろ降りてくるだろう。次期艦長、準備は良いね?」
「準備って?」
直後、コトネに殴られる。
「この世界の事、戦いの事、そして自分が置かれた立場の事だよ!」
「うぅ……分かってるよ……」
殴られた頬を擦る。やはりコトネの一撃はとても痛い。
二機が同時にコクピットを開く。しかし、中から出てきたのは一人だけだった。
「あらあら? ようやく外に出られましたけど、ここはどこかしら?」
「……はぁ!?」
アランは驚く。《天馬》の霊戦機から出てきたのは女性だ。しかも、変な服装だ。
シュウハは彼女の赤い袴を見て、アランに説明する。
「あれは地球で巫女と呼ばれる役職の服装です。こちらで言えば、魔導士でしたか?」
「魔導士ぃ? それは一〇〇〇年前までの話だぜ。今はアルカーナだ」
「いやはや、そうですか」
相変わらずシュウハはのほほんとしていた。これが霊力機で怨霊機を凌ぐ最強の男とは思えないほどに。
《天馬》の操者はアラン達に気づくと笑顔で手を振る。
「あらあら、皆様ごきけんよう」
「ごきげんよう。私は神崎蒐覇と申します」
「これはご丁寧に。私は朝風澪と申します。以後お見知りを」
澪と名乗る女性は、シュウハと同じくのほほんとしている。コトネは軽く呟いた。
「似た者同士だな……」
「ってか、《星凰》の操者降りて来い! じゃないと説明できねぇだろが!」
降りてくる気配のない《星凰》の操者に、アランはその怒りを抑えられなかった。
すると、コクピットの中から声が聞こえる。とても心細い声が。
「ここはどこですか……一体何なんですか……?」
「……? この声は……?」
声に反応し、ロバートがブレイドルスのコクピットまで登り出す。
コクピットには、美少年と言えるほどの少年が身を縮めて震えている。
ロバートは肩をやや落としつつ、その少年に言う。
「……レファード、俺が分かるな?」
「え……? あ、あぁぁぁ、ロバート先輩〜!」
かなりの涙目で彼はロバートに抱きついた。強烈な一撃がロバートを襲う。
レファードはかなり薄れた声で語りだした。
「……突然、変な光に包まれて、気づけばこんな所にいて、それでそれで……」
「……分かったから、離れてくれ。凄く痛い。苦しい」
「あぁ、ごめんなさい、ごめんなさい!」
レファードはかなり慌ててはいるが、どうやら少しは良くなったみたいだ。
二人の姿を見てリューナが言う。
「あの子、凄い美形ね。ミーナはどう思う?」
「さぁ……。それよりも、もう惚れちゃった? 顔だけで決めるのは良くないわよ?」
やや冷めた言い方のミーナ。リューナが顔を真っ赤にして否定する。
「え!? ち、ちょっと、惚れてなんかないわよ!」
「お顔が真っ赤ね。まぁ、リューナにはシュダがいるものね」
「何でシュダがそこで出てくるのよ!?」
真っ赤な顔をしているリューナ。ミーナは「照れなくても良いわよ」とさらに言葉を続ける。
マサトはそんな中、一人だけ笑っていた。何がそんなに楽しいのかと言うと、ヴァトラスである。
「へぇ、そんな武器もあるんだ」
(……我のみで使えるのはバニシング・バーンと聖霊破くらいだ)
「うん。でも、聖霊天掌破は?」
(あれは汝の心と共鳴し、《神王》の力を解放した時のみ使える)
「そっか。僕にもハヤトと同じ力が使えるらしいからね」
霊戦機と会話するのが楽しいらしい。マサトはハヤトと違って霊戦機を信じるタイプだ。
アルトシステムに身を任せた戦い。シミュレートでは、アランが唖然とするほどのスコアを出している。
集中力を最大限まで引き出す“聖域(=ゾーン)”を持つハヤトの操作技術。
ヴァトラスを信じ、機体の性能を最大限まで生かすマサトの操作技術。
この二つが合わされば、ヴァトラスは今まで以上に強くなる事は確実だ。
「いやはや、これで戦力は一気に上がったわけですね」
マサトの表情を見つつ、シュウハが呟いた。
医務室で一人、アリサは治癒の霊力習得の為に特訓していた。
枯れた花に自分の霊力を集中させるが、まだ扱い慣れていないのか、花は枯れたままだ。
「…………」
もし、この力を使えるようになれば、どれだけハヤトの役に立てるのだろうか。
どんな時でも前を向いていた人。とても大切な人――――愛する人。
左薬指の指輪を見つつ、アリサは祈る。
「ハヤトさん……」
今はマサトと入れ替わってもらい、自分との決着をつけようとしている。
そんな時に自分は役に立てない。それが悔しい。
「……私は、あなたの役に立ちたい……教えてください。私はどうすれば良いですか……?」
ただ涙が流れていた。
「と、言う訳だ。分かったか?」
ブリッジ。アランはとりあえず澪とレファードにこの世界の事を全て話した。
一五〇〇年前から続く聖戦。そして、その聖戦で活躍している霊戦機に選ばれたと。
アランの説明から、澪が「あらあら」と微笑んでいる。
「聖戦ですか……それは大変ですねぇ」
「……あのな、あんたも聖戦で戦うんだよ」
「あらあら」
澪の表情は全く変わらない。いや、状況を理解していない。
アランはため息をつく前にレファードの方を見る。
「……た、戦うんですか……?」
「ったり前だ。その為にあんたらが呼ばれたの!」
「……そ、そうなんですか……!?」
「あらあら。それは大変ですねぇ」
アランは肩を落とす。こんな奴らが霊戦機操者で良いのか、と言いたげに。
その時、イシュザルト艦内に警報が鳴り響く。
『敵反応確認。敵、霊兵機。ゼルサンス国の軍隊』
人工知能イシュザルトが告げる。アランは目の前の二人に怒鳴った。
「とにかく、あんたら出撃! イシュザルト、霊戦機は全部出せ! 霊力機は大急ぎで整備する!」
『了解』
「あらあら」
「……戦いたくないです……」
最後までこんな感じな澪とレファードだった。
格納庫でヴァトラスが唸った。マサトはコクピットに乗りつつ首を傾げる。
「どうしたの、ヴァトラス……?」
(炎の雄叫び《炎獣》が目覚め……自然を守る《巨神》が操者を待っている……)
「《炎獣》……? それに、操者を待っているって……?」
(操者が自分に相応しいか見たいと言っている、《巨神》は……)
支援、援護に優れ、抜群の火力を誇る《炎獣》と鉄壁の防御を誇る《巨神》の霊戦機。
マサトは静かに頷く。両腕の青い球体に手を乗せながら。
「皆が集まろうとしている……。ヴァトラス、行こう」
(……うむ)
ヴァトラスが二枚の翼を大きく羽ばたかせ、出撃する。
その後ろから霊戦機ペガスジャーノンが続いた。どうやら、出撃してくれたらしい。
ロバートがレファードに言う。
「レファード、ただ霊戦機を信じるだけで良い。お前は、動かし方を覚えるんだ」
「お、覚えるって……ぼ、僕、戦いなんて……」
「……戦いたくないのは、誰だって一緒だ」
「……ロバート、先輩……?」
この時のロバートは、今まで自分が見てきたロバートではないとレファードは感じた。
霊戦機を原型に、霊力など必要としない霊兵機の大軍が王都へ迫る。
『良いか! 敵国は霊戦機を集めだしている。今のうちに母艦だけでも沈めるのだ!』
『了解!』
指揮を執る男の言葉に、他の霊兵機操者が答える。
霊兵機は格闘戦主体、射撃戦主体の二タイプで形成されている。
瞬間、彼らの目の前に光が舞い降りた。炎が光を纏い、その姿を生み出す。
重武装の装備に赤一色のボディ。獅子のような頭部は、どこか鋭く恐い印象を持たせる。
「……? どこだ、ここは……確か、えんなの部屋だったはずだが……?」
操者は首を捻る。今まで勉強していたはずだが、なぜここに? と言いたげに。
荒れ果てた大地を眺めつつ、彼は目の前に存在していた大軍を目にする。
「……ロボットか? 日本にああ言うロボットがあったとはな……」
まだ自分の現状が分かっていない操者だった。
霊戦機四機は霊兵機の前に到着した。イシュザルトも遅いが追いついてきている。
すでに戦火が広まっている。アランはイシュザルトの画面を見て首を捻った。
「はぁ? 何でもう戦っているわけ? ロフ、王都から霊力機出てんの?」
「そんなわけなかろう。なにせ、イシュザルトのレーダーは王都のより高性能だ」
「だよな。じゃあ、あれは何だよ?」
イシュザルトから見える戦い。その中にアランは霊戦機を見つけた。
獅子のような頭部。間違いない、《炎獣》の霊戦機だ。アランが目を見開かせる。
「ディレクス!? お、おい、目覚めたのかよ!?」
「知らん」
「知らん、じゃねぇ! マサトの兄貴ぃ、どうなんだ!?」
『うん、目覚めてるよ。ヴァトラスがそう答えてくれたから』
「マジ!?」
通信から聞こえるマサトの意外な一言。
『アリサさんをブリッジへ呼んで。そして、霊戦機に通信して欲しいんだ』
「姉ちゃんを?」
『うん。だって、あの操者は、ハヤトの友達だから』
マサトはこの時、どこか微笑んでいた。
《炎獣》の霊戦機操者は突然の攻撃に苦戦させられた。
応戦するにも、自分が今どうなっているか分からない。
「むぅ……」
どうすれば良いか悩む。しかし、現状の事を悩んでいない。
約束していた事を途中で放ったらかしにした後を悩んでいる。
まず、確実に殴られるだろう。
「うむぅ……」
「――――退け、ここは任せてもらう!」
「……?」
瞬間、霊兵機の大軍を一閃が襲った。
二本の剣を持ち、左肩に巨大なシールドを持つロボットが敵を切り刻む。
『……さん……加賀見さん、聞こえますか? 加賀見さん?』
「……? その声は、神崎か……?」
聞こえてきた声に、加賀見陽平はようやく反応できた。
『良かった……聞こえますね……?』
「神崎、これはどうなっている? 一体日本で何が起きた?」
まだ日本だと思っている陽平。
『加賀見さん、あとでご説明いたします。ですから今は……』
「うむ。日本で何が起きているか知らないが、何とかしよう」
霊戦機ディレクスが右手にガトリングを持つ。
『だから日本じゃないってば……』
『アラン、今は黙っていなさい』
ぼそぼそと小さな声で呟いている二人である。
戦艦イシュザルト格納庫。霊力機操者のアルスは堪えていた。怒りを。
なぜ霊戦機が出撃して、霊力機の出撃許可が降りないのか納得していない。
ロフが言うには、「霊戦機操者には戦闘経験が必要だ」とか。
「優遇されているじゃないか、霊戦機操者は……!」
怨霊機が目覚めた時くらいしか現れないくせに、なぜそこまでする必要があるか知りたい。
アルス専用機として作られた霊力機ウォーティスに乗り込む。アランが怒鳴る。
「お、おい! まだウォーティスは整備中だぞ!」
「うるさい! 霊戦機だけで戦わせても意味ないだろ!」
そう、この世界の平和の為に戦っているのは俺達も同じだ。
だからこそ、他国との戦いくらいは霊力機だけで決着をつけたい。
(汝……自然を愛せる心を持つ汝よ……)
「――――!?」
声が聞こえた。頭に響いてくる。
(我は汝の力になりし者……我に相応しき心を持て、汝よ……)
「……相応しい心……!?」
(そう……我は《巨神》の霊戦機エルギガス。汝よ、全世界を救いたければ、自然を愛する心を持て……)
格納庫内で光が集まり始める。アルスは目を見開かせた。
全長は今まで見てきた霊戦機と比べ物にならないほど大きく、その巨大な腕は守護を司る象徴。
背中に装備されている巨大な霊剣こそ、霊戦機の証だ。
「な……れ、霊戦機エルギガス……!?」
鉄壁の防御を持つ仲間を守る盾、《巨神》の霊戦機エルギガス。
エルギガスが自らの意思で巨大な腕を動かし、ウォーティスのコクピットまで差し伸べる。
アルスは再び頭に響く声を聞いた。「乗れ」と言っている。
「……乗れるのか、俺に……!?」
(乗れる。汝は、我が選んだ操者だ)
エルギガスの手の平に乗り、コクピットに乗り移る。
コクピット内は霊力機と同じだ。いや、霊力機が真似ただけだからか。
両腕付近にある青い球体に手を触れると、アルスの霊力に反応して光り出す。
アルスは腕を動かすように念じる。エルギガスはアルスの念じたとおりに腕を動かした。
「……動ける。アラン、俺もこいつで出撃する! 許可を出せ!」
「許可って……俺か!?」
「次期艦長だろが!」
この時、アランは肩を落とした。
霊剣ランサーヴァイスを片手に、ヴァトラスは霊兵機と戦う。
マサトは声を聞いた。ヴァトラスの。
(……《巨神》が目覚めた。あとは《地龍》のみだ)
「《地龍》は、どうして前の操者を待っているの?」
ふと思った疑問。ヴァトラスは答える。
(……前操者は威厳のある人間だった……あいつは、そんな奴を待っている……)
「……待っている、か」
ふと自分の胸に手を当てる。
今は自分の過去と戦っている弟は、まだ自分の殻に閉じこもっている。
「早く帰って来い。ハヤト、君の事を待っている人の為に……」
マサトは小さく呟いた。瞬間、目の前で爆発が起こる。
龍の姿をした漆黒の機体だ。ヴァトラスが唸り出す。
(怨霊機……!)
「怨霊機!? こんな時に……!?」
『見つけたぞ、《霊王》の力を持つ者よ!』
漆黒の龍がヴァトラスを睨みつける。ヴァトラスがアルトシステムを起動した。
掌を敵へ向け、青く綺麗な閃光――――聖霊破を放つ。
しかし受け止められた。漆黒の翼が龍を守る。
『甘いな。《漆龍》の怨霊機にその程度の攻撃は無駄だ』
「《漆龍》……一体、どうして《霊王》を狙うの?」
『簡単な事。我らの王が、お前の力を欲しているからだ!』
「王……?」
マサトは理解した。やはり、怨霊機達は《覇王》のような存在の命令で動いている。
その王がハヤトの本来の敵だとも分かった。
「今、君が狙っている《霊王》はいないよ。それに、僕は負けるわけにも行かない」
マサトの額が輝く。翼が生えた古代の太陽――――《神王》の称号だ。
ヴァトラスが力を引き出す。《漆龍》は笑みを溢した。
「面白い。その力を見せてもらおう!」
《漆龍》の怨霊機の尾がヴァトラスを襲う。
レファードは空から敵の攻撃を避けていた。
いや、戦い方を知らないのだ。
「……戦いなんて……嫌いです……」
突然、変な所に来させられて、しかも戦う事になるなんて信じたくない。
ロバートは誰だって戦いは嫌いだと言っていたが、だったらなぜ戦うのか教えて欲しかった。
「……戦う理由はね、こんな戦いを早く終わらせたいからよ」
「え……?」
気づけば隣に霊戦機ペガスジャーノンがいた。一緒に説明を受けていた人だ。
澪は再び続ける。
「誰だって、こんな戦いは望みません。けれど、逃げてばかりでは駄目ですよ」
「でも……」
レファードは顔を沈める。
「でも……人を殺したらどうするんですか……!? 僕は人殺しなんてしたくありません……」
「あらあら……。人を殺すのが戦いではありません。それに、人を殺さない事だってできますよ?」
「…………」
「自分の考えで良いんですよ?」
「僕の考え……」
この時、レファードは澪の雰囲気が違う事に気づいていなかった。
霊戦機ヴィクダートが剣に雷と炎を走らせる。
「武神双撃斬!」
霊兵機一体を捉え、二刀の剣が切り裂く。
《武神》の力を使ってどうにか敵を倒しているが、まだ数は多い。
剣に再び雷と炎を走らせる。
「武神双破斬!」
「――――ウォォォタァァァ、バティカルッ!」
ヴィクダートが敵を一掃すると共に、巨大な腕を持つ機体がその腕に水を集めて霊兵機を殴る。
ロバートは頭に響いてくる声に反応した。
(……《巨神》の霊戦機エルギガス。どうやら、目覚めたようだ)
「《巨神》? そうか、霊戦機か……」
かなりの大きな霊戦機だが、その強さは凄い。
エルギガスの操者に選ばれたアルスは巨大な霊剣を手にする。
「ゼルサンスの好きにはさせるかぁぁぁ!」
霊剣を振り回し、霊兵機を蹴散らしていくエルギガス。
その破壊力はヴィクダートを超えているとロバートは思った。
アルスがロバートに通信を送る。
「おい、《武神》の操者。一気に片付けるぞ!」
「……ああ。それに、俺はロバート・ウィルニースだ」
やや怒っているロバートだった。
霊力機の整備は終わり、アランは一苦労終えた。
素早く出撃していく馬鹿が一人。ゼロが新しく搬入された胸にプロペラをつけているストナードに乗り込む。
「あのさぁ、ゼロ。霊力機ストナード乗れんの?」
「乗れる! つーか、乗る!」
「……マジかよ?」
「当たり前だ! 俺だって操者だ。最強だ! 無敵だ!」
そう言いつつ出撃する。アランはため息をついた。
ストナードは接近、中距離において高性能な機体だ。壊されそうで恐い。
その後ろから、機体よりやや大きな銃を背負った霊力機が立つ。
「アラン、出撃の許可を出して。あの馬鹿を連れて戻るから」
「連れて戻るって……ミーナ、マジで言ってんのかよ!?」
「マジだから言うんでしょ! 早く許可を出しなさい!」
逆に怒鳴られる。霊力機ルティリアに乗るミーナは、ゼロの行動にどこか不安を抱いていた。
確かにあいつは馬鹿だ。けれど、放っておけない。
「……ゼロは、私がどうにかするから!」
怨霊機相手にヴァトラスが苦戦する。マサトは冷や汗を浮かべた。
霊兵機はロバート達のお陰で撤退している。やはり、霊戦機の操者達は強い力を持っている。
ヴァトラスは両手を胸の前に構え、光を集める。
「……いけ、聖霊天掌破!」
『甘いな』
胸から放たれる波動。しかし、《漆龍》避けた。翼を大きく展開させ、ヴァトラスを捉える。
怨霊機の頭部には、漆黒の龍の称号が不気味に輝いていた。
『受けてみるが良い! ドラゴニック・ブロウッ!』
《漆龍》の怨霊機が闇を纏い、ヴァトラスに突撃する。
ヴァトラスは翼を閉じて防御するが、その威力はヴァトラスに強大な一撃だった。
マサトが激痛に苦しむ。
「あうううっ……」
『王と言えど、所詮はこの程度か……』
「おらおらおらぁぁぁっ!」
竜巻が《漆龍》を襲う。しかし、防御力が高いのか傷一つない。
霊力機ストナードを動かすゼロは舌打ちした。
「チィッ、あれが全然通用しないのかよ!」
『ふん、霊戦機ではないただの機械が、怨霊機を倒せると思うな』
再び《漆龍》が闇を纏う。
『ドラゴニック・ブロウッ!』
「――――ヴァトラス!」
「うぉぉぉ、ストナーハリケェェェンッ!」
ストナードが竜巻を起こすが、突撃する《漆龍》に呆気なく無力化された。
ヴァトラスが前に出ようとするが間に合わない。マサトを歯を食い締める。
瞬間、ストナードの前に霊力機が立ち、《漆龍》の攻撃を受けた。
防御を取っていたものの、両腕は大破される。
「……この……馬鹿ゼロ!」
「み、ミーナちゃん!?」
ゼロは目を見開かせる。ゼロを庇った霊力機ルティリアの操者ミーナは、そのまま蹴りを繰り出す。
ストナードが吹き飛ばされた。
「ぬぉ!?」
「……この馬鹿! あんた、怨霊機に立ち向かって死ぬ気!?」
「違う! 俺は戦うんだ! 霊戦機操者として!」
「操者じゃない馬鹿が何言ってんのよ!」
「おぉぅ……!?」
今のミーナはかなり恐い。そうゼロは思った。
《漆龍》の怨霊機が霊力機を睨みつける。
『仲間同士でもめている場合か?』
「ミーナちゃん、逃げろ! ここは霊戦機操者の俺に任せて!」
「霊戦機操者じゃないでしょ、あんたは!」
「操者だ! 俺には《地龍》の祖父がいた!」
「関係ない!」
『なるほど、先代《地龍》の血を引いているか』
怨霊機がストナードの頭を掴む。
「ぬぐ!?」
『まぁ、お前が《地龍》に選ばれるわけないだろうが、とりあえず殺しておくか』
「ぐうぅぅぅ……」
ストナードが暴れる。しかし、すぐに制せられた。怨霊機の尾が両腕を切断する。
ゼロは悔しかった。霊戦機操者になれなくて。ここで負ける事で。
唇を噛み締める。血が流れていた。
「……俺は霊戦機操者になるって決めてんだよ……戦いで死んだじいちゃんの為にも……!」
両親から反対されつつも、周りから操者には向かないと言われてきても、操者になりたかった。
先代《地龍》の祖父は、この世界の平和を願っていた。だから俺がそれを叶えたい。
今まで馬鹿な事をやってきていても、これだけは馬鹿なんて言わせない。
だから、俺は霊戦機操者になりたいんだ。
「……《地龍》、てめぇは待つだけか……!? 戦いが始まってもまだ待つのかよ……!?
操者が決まらねぇなら……俺を……俺を選べ……!」
『馬鹿な事を。そんな事で霊戦機が操者を選ぶと言うのか?』
「……俺はじいちゃんみたいにはなれねぇ……けどよぉ、俺はこの世界を救いたい……救いたいんだよぉ……!」
ゼロの言葉に、ついに彼は応えた。光が集まっていく。
《漆龍》は目を見開いた。まさか、本当にこいつを操者と選んでしまったのか、と。
『始末するか……』
「そうはさせない! 武神双撃斬!」
「ウォォォタァァァ、ヴァティカルッ!」
ヴィクダートとエルギガスが《漆龍》へ攻撃を開始する。《漆龍》はストナードを離して宙を舞う。
それが好機だった。ヴァトラスが両手を胸の前まで出し、光を集める。
同時に、《炎獣》の霊戦機ディレクスが両肩の大砲を構えた。
「聖霊天掌破!」
「……むぅ」
ヴァトラスとディレクスが攻撃する。《漆龍》が翼を閉じて防御した。
ゼロのいた場所に光が集い、両肩に円盤型のカッターを装備した機体が姿を現す。
ゼロの乗るストナードとミーナの乗るルティリアが無造作に地に倒れる。
「……おぉ? どうなってんだ!?」
「それはこっちの台詞! 何で私まで乗っているのよ!?」
霊力機二機が動かなくなったのは、ゼロとミーナがその機体に乗っているからだった。
操者を二人必要としている機体。ヴァトラスがその機体に向かって文句を言う。
(遅いぞ、《地龍》。ようやく操者を見つけたか)
(すまんな。ようやく、前操者と同じ志を持った者が現れた。これで、私も戦える)
(頼むぞ、リクオー)
(任せろ、ヴァトラス)
二機の会話にマサトは微笑む。《地龍》の霊戦機リクオー。これで七機揃った。
《漆龍》が翼を広げ、闇を纏う。
『霊戦機が全機揃ったか。ならば一気に片付けるのみ!』
「んな事ぁ、させねぇぜ! ミーナちゃん、やってやるぜ!」
「……はいはい。サポートはするからやちゃって」
ミーナ、投げやり。《漆龍》が突撃を開始する。
『受けるが良い、ドラゴニック・ブロウッ!』
「き、来た!? 武器! 武器! 武器ぃぃぃ!」
「うるさい! とにかく、操縦をこっちに回す!」
「お、おう!?」
リクオーが両手を敵へ向ける。ゼロの霊力が集まった。
「グランドリーフ!」
大地の破片が飛び舞い、波動の如く放たれる。
《漆龍》はそれを避けたが、次の攻撃が怨霊機を捉えた。
雷と炎が走る剣。ヴィクダートがリクオーに話しかける。
(相変わらず、お前の操者選びは時間がかかるな)
(何を言う。前回は《霊王》の方が、時間がかかったぞ)
ヴィクダートとリクオー。《武神》と《地龍》は昔からの友だ。
そのバランスの取れた武装で臨機応変に戦う《地龍》。
接近においては無敵を誇り、《霊王》の剣として戦う《武神》。
ロバートがゼロに言う。
「霊戦機の武装くらい、霊戦機に聞け。そうすれば、霊戦機は応えてくれる」
「なんとぉ!?」
「……まぁ、良かったな。霊戦機操者になれて」
やや照れくさそうに言うロバート。ゼロはへっと笑った。
宙を舞う《漆龍》。その時、雷が下る。
『……そうか。今は退いた方が良いか』
「退くだぁ!? てめぇ、逃がさねぇぞ!」
「馬鹿! ろくに動かせないくせに、そんな事言わない!」
「全くだ。今回はこちらの数が多いが、互角だと負けるかもしれないぞ」
ミーナとロバートに制せられるゼロ。《漆龍》が最後に告げる。
『……これだけは言っておこう。《霊王》では我らが王には勝てない』
そして消えていく。マサトが胸を掴む。
「……ハヤト、君なら大丈夫だよね……?」
ただ不安で一杯だった。
霊戦機が七機揃った。
それは、聖戦の始まりを告げる序曲であり、まだ霊戦機、怨霊機操者達は知らない。
彼らの敵は、他に存在していると言う事を――――
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