第二章 七つの聖なる心が集う時


 イシュザルトは王都アルフォリーゼに停泊している。
 ジャフェイルの提案から、マサトはヴァトラスの声を聞いていた。
 霊戦機が全て目覚めたなら、ヴァトラスも何か知っているはずだからだ。
「何か分かるかな? ヴァトラス?」
(天を翔ける《天馬》の声……空を舞う《星凰》の声……)
「《天馬》と《星凰》……?」
 霊戦機の中では機動力が高く、敵のどんな攻撃も避ける《天馬》の霊戦機。
 サポートを中心に、《霊王》の右腕とも言える存在《星凰》の霊戦機。
 どうやら、この二機が目覚めているらしい。
(……大地の守護《地龍》のみ、まだ操者を選んでいない)
「え……?」
(《地龍》はまだ……前操者を待ち続けている……)
 この時のヴァトラスはどこか悲しそうだ。そうマサトは思う。



 アランは霊力機の整備を行いつつ、霊戦機に手がけていた。
 全世界を救う力を持つ《霊王》の霊戦機とその盾であり、剣である《武神》の霊戦機。
 性能からすれば、ヴァトラスは平均的であり、ヴィクダートは接近戦重視だ。
「……変だな、ヴィクダートにしちゃ性能が良いぞ?」
 今は亡き祖母グラナに見せてもらったヴィクダートの性能に比べ、やや上がっている。
 妙だった。こう言う事は絶対にありえないとグラナから聞いているからだ。
「……俺、何か改造したっけ……?」
 なぜそう考えるのかと言うと、ヴィクダートが一度目覚めた時に少し中身を見たからだ。
 その時に改造でもしたのかどうかは不明である。
「何をしているんですか? こんな所で」
「いやぁ、ヴィクダートの性能が上がっているから妙だなぁと……って!?」
 ビシッとツッコミを入れたいと思いつつ、どこか恨めしそうな顔でその人物を見る。
 アランの顔を見て、シュウハはため息をついた。
「やれやれ。霊戦機の性能が上がる事は妙ではありません」
「何でだよ? 婆ちゃんからは、絶対にありえないって……」
「それは、『進化』と言う過程が今までなかったからです」
 その言葉にアランが目を見開かせる。
「ヴァトラスが進化を遂げている。しかし、他の霊戦機が進化しないと言う事はない。
 ですから、性能が上がっているのはおそらく、『進化』の前触れです」
「って事は、姿とかも変わるのか!? ヴァトラスみたいに!?」
「それは分かりません」



 イシュザルトの会議室では、霊力機操者が全員集められていた。
 全員と言っても、たった六人だが、その戦力は比べ物にならない。
 そして、ヴィクダートの操者であるロバートもそこにいる。
 ジャフェイルが現在の状況を全て話し、結論を出す。
「今後の事についてだが、霊力機操者を一人加える事になった」
「ちょっと、たった一人なわけ?」
「リューナ、目上の人には敬語……」
 ルーナの言葉に、リューナは「分かってるわよ」と小さくぼやく。
 確かに、操者を一人増やしたところで戦力的が大幅に上がる事はない。
 しかし、霊戦機の事を考えれば、一人と言うのは大きいのである。
「操者としては見習いだが、《地龍》の祖父を持つ。君らも知っているはずだ」
「それって、まさか……」
「そう。ゼロラード・エンド・バリティス君だ」
「……マジ、それ?」
 ミーナが頭を抱え、リューナがため息をつく。
 その二人の姿を見て、ロバートはただ黙っているだけである。
 その時、会議室のドアが開いた。
「ミーナちゅわゎゎゎぁぁぁぁぁぁんっ」
 両手を広げたまま、ミーナへ向かう赤髪の男。霊力機操者一同、呆れる。
 ミーナは自分に向かって走ってきている男に拳の一発をお見舞いした。
「ぐはっ」
 その反動で床に後ろから倒れる。その光景を見てロバートは笑いを堪えていた。
「うぅ……酷いや……」
「何が酷いのよ……」
「まさか、あんただったなんてね……」
 霊力機操者である彼らはため息をつく。ロバートはまだ笑いを堪えていた。
 ゼロラード・エンド・バリティス。通称『ゼロ』であり、ただの馬鹿。
 しかし、その霊力は高いらしい。
 ゼロが笑いを堪えているロバートを指差し、怒鳴る。
「そこ、何が可笑しい!?」
「いや……」
 目を逸らす。ロバートの目は笑っている。
「テメェ、俺はあの有名な《地龍》の霊戦機に選ばれる可能性が高い操者だぞ!」
「……ゼロ、彼は《武神》の操者」
「何ぃ!?」
 ゼロはとても大きな敗北感を味わった。
 先代《地龍》の孫と言う事で、自分も選ばれると噂があった。
 しかし、目の前の男は《武神》の操者。つまり、噂だけとは違うのだ。
 リューナが呆れつつゼロの肩を叩く。
「……ま、あんたじゃ霊戦機操者は無理だから」
「む、無理!?」
「そっ。だって、まだ見習いだし」
「ががぁぁぁぁぁぁんっ!」
 自分で効果音まで付け、ゼロは深く傷ついた。涙目でロバートを睨む。
「お、俺は認めないぃぃぃぃぃぃ!」
 そう叫びながら、ゼロはどこかへ走り去ってしまった。
 この時、ミーナは彼の姿を見て呟いた。「……馬鹿」と。



 今度は戦場だった。ハヤトは今、一つの聖戦を見ている。
 そして、気づけばヴァトラスの封印されていた神殿にいた。
『ここは……ヴァトラスの神殿……!?』

「レナスよ、本当に良いのか?」
 一人、風格のある男が腕に赤ん坊を抱えた少女に訊く。
 レナスと呼ばれた少女は、我が腕の中で眠る赤ん坊を見て頷いた。
「……ええ。この子は辛い思いをするかもしれないけれど……」
「《覇王》を除く怨霊機は滅んでいなかったとは……! しかも、霊戦機よりも強くなっている」
「こう言う時にヴァトラス殿がいれば、この状況を変えられただろうに……」
「シャルゼ!」
「……すまん、ファルナイト」
 背中に剣を背負う初代《武神》ファルナイトは、同じく騎士と言う立場の初代《天馬》シャルゼに激昂した。
 ヴァトラス。それは初代《霊王》の事。そして、初代《星凰》レナスの夫だ。
 レナスは静かに首を横に振った。
「気にしていません。それよりも、早く行いましょう。ルレネト、ディア、お願いします」
「……分かった」
「はい。これより“扉”を開き、希望ある子を地球へ召還いたします……」
 共に魔導士である初代《炎獣》ルレネトと初代《地龍》のディア。
 風格のある男――――レナスの兄であり、初代《巨神》のグローバルは抱かれている赤ん坊の頬を撫でた。
 戦いで認めた男ヴァトラスと我が妹との間に生まれた子。無限なる希望を持つ子。
 そして、《地龍》のサポートを務めている騎士バルドスも赤ん坊の頭を撫でる。
「ヴァトラスの志を受け継ぎし子よ、お前はきっと父のように強くなれるはずだ……」
 グローバルが剣を似せて作ったペンダントを赤ん坊に身につけさせる。
 神殿内に風が巻き起こる。どうやら、“扉”が開いたようだ。
 ディアが無理に微笑む。
「準備は整いました。レナス様……」
「……ええ」
 レナスは我が子を抱きしめた。涙を流しつつ、赤ん坊を離したくないと言う想いで一杯になっていた。
 まだ生まれて間もない子。これから先、一人で生きて行けるわけがない。
 なのに、こうしないとこの子は幸せになれない。
「……ヴァレナス、ごめんね……でも、強く生きて……」
 そう、自分が愛した人ヴァトラス・ウィーガルトのように生きて欲しい。
 風が巻き起こる中心まで歩き、レナスは神殿内で眠りについている一機の霊戦機を見る。
 王のように岩に腰掛けている最強の力を秘めた霊戦機。
 夫の名を名付けた霊戦機に向かって、レナスは我が子を高々と上げる。
「……ヴァトラス、どうかこの子を見守ってあげて……。そして祈りましょう、この世界の平和を……」
 赤ん坊が宙に浮かび、全身から光が溢れ出す。
「“扉”よ、無限なる希望を抱く子を平和なる場所へ……」
 ルレネトが強く念じ、光が辺りを眩しく包んだ。
 地球への召還は成功。あとは、怨霊機を倒すだけだ。グローバルが上空に存在するイシュザルトに命令する。
「イシュザルトよ、我らが霊戦機をここに。そして、お前ももう眠りにつくが良い」
『了解。霊戦機全機、操者の元へ転送。イシュザルトはこの時より封印を開始します』

 ハヤトの目から涙が流れている。初代の霊戦機操者達の戦いを見て。
 あの後――――赤ん坊を地球へ召還した後、彼らは霊戦機に乗り込んで怨霊機と戦った。
 そして、その結末は言うまでもなかった。
『……ふざ……ふざけるな……!』
 拳を強く握り締める。
『……自分の子供には生きて欲しい……だからって、死ぬのは間違っている……!』
 涙を流さずにはいられない。あんな結末は嫌だ。
 命を削り、霊戦機の力以上の力を引き出した操者達は、怨霊機と共に失われた。
 ハヤトは光の鳥を睨みつける。
『……何が聖戦だ、何が《霊王》だ……何が全世界を救う力だ!
 人が……簡単に人が死んでいく戦いなんて……そんなのって間違っている!
 答えろ、光の鳥ッ! この戦いが全世界の為に何をした!? ただの人殺しじゃないか!』

 …………。

 光の鳥は黙っていた。ハヤトは唇を噛み締める。
『人が死ぬなんて……何かを失うなんて……こんな聖戦が皆の願っている事じゃないだろ……!』

 ……全ては、世界の為に。けれど、その願いは届かなかった……。

『…………』

 ……だから、僕も終わらせたい、この聖戦を。だから、君がこの力を持っている事が嬉しかった。

『……力?』

 そう。僕と君は同じ存在……。

『同じ存在……?』
 そして、再びハヤトは過去の出来事を知る事になる。



 霊戦機が二機回収された。ロフは内心、マサトに感謝する。
 目覚めた霊戦機の場所を知り、無事回収できたのは、ヴァトラスの声を聞く事ができるマサトのお陰だ。
 格納庫では操者達が騒いでいる。特にアランは興味津々で霊戦機を見ていた。
「ほぇ〜、四足歩行型で霊戦機最強の機動性かよ〜」
 右腕にボーガンを装備した四足の霊戦機――――《天馬》の霊戦機を見つつ、アランは感嘆としていた。
 シュウハが簡単ながらも説明する。
「霊戦機ペガスジャーノン。四足歩行と言えど、その俊敏な動きは最強を誇ります」
「なるほど〜。んで、あれが《星凰》の霊戦機ブレイドルスか」
 まるで戦闘機のような翼を持つ《星凰》の霊戦機。アランは心の底で嬉しがっていた。
《霊王》、《武神》と二機の霊戦機の整備をしてきた上に、こうやってまた増えるのは気分が良い。
 それに、改造もできるから、と。
「さ、操者がそろそろ降りてくるだろう。次期艦長、準備は良いね?」
「準備って?」
 直後、コトネに殴られる。
「この世界の事、戦いの事、そして自分が置かれた立場の事だよ!」
「うぅ……分かってるよ……」
 殴られた頬を擦る。やはりコトネの一撃はとても痛い。
 二機が同時にコクピットを開く。しかし、中から出てきたのは一人だけだった。
「あらあら? ようやく外に出られましたけど、ここはどこかしら?」
「……はぁ!?」
 アランは驚く。《天馬》の霊戦機から出てきたのは女性だ。しかも、変な服装だ。
 シュウハは彼女の赤い袴を見て、アランに説明する。
「あれは地球で巫女と呼ばれる役職の服装です。こちらで言えば、魔導士でしたか?」
「魔導士ぃ? それは一〇〇〇年前までの話だぜ。今はアルカーナだ」
「いやはや、そうですか」
 相変わらずシュウハはのほほんとしていた。これが霊力機で怨霊機を凌ぐ最強の男とは思えないほどに。
《天馬》の操者はアラン達に気づくと笑顔で手を振る。
「あらあら、皆様ごきけんよう」
「ごきげんよう。私は神崎蒐覇と申します」
「これはご丁寧に。私は朝風澪と申します。以後お見知りを」
 澪と名乗る女性は、シュウハと同じくのほほんとしている。コトネは軽く呟いた。
「似た者同士だな……」
「ってか、《星凰》の操者降りて来い! じゃないと説明できねぇだろが!」
 降りてくる気配のない《星凰》の操者に、アランはその怒りを抑えられなかった。
 すると、コクピットの中から声が聞こえる。とても心細い声が。
「ここはどこですか……一体何なんですか……?」
「……? この声は……?」
 声に反応し、ロバートがブレイドルスのコクピットまで登り出す。
 コクピットには、美少年と言えるほどの少年が身を縮めて震えている。
 ロバートは肩をやや落としつつ、その少年に言う。
「……レファード、俺が分かるな?」
「え……? あ、あぁぁぁ、ロバート先輩〜!」
 かなりの涙目で彼はロバートに抱きついた。強烈な一撃がロバートを襲う。
 レファードはかなり薄れた声で語りだした。
「……突然、変な光に包まれて、気づけばこんな所にいて、それでそれで……」
「……分かったから、離れてくれ。凄く痛い。苦しい」
「あぁ、ごめんなさい、ごめんなさい!」
 レファードはかなり慌ててはいるが、どうやら少しは良くなったみたいだ。
 二人の姿を見てリューナが言う。
「あの子、凄い美形ね。ミーナはどう思う?」
「さぁ……。それよりも、もう惚れちゃった? 顔だけで決めるのは良くないわよ?」
 やや冷めた言い方のミーナ。リューナが顔を真っ赤にして否定する。
「え!? ち、ちょっと、惚れてなんかないわよ!」
「お顔が真っ赤ね。まぁ、リューナにはシュダがいるものね」
「何でシュダがそこで出てくるのよ!?」
 真っ赤な顔をしているリューナ。ミーナは「照れなくても良いわよ」とさらに言葉を続ける。
 マサトはそんな中、一人だけ笑っていた。何がそんなに楽しいのかと言うと、ヴァトラスである。
「へぇ、そんな武器もあるんだ」
(……我のみで使えるのはバニシング・バーンと聖霊破くらいだ)
「うん。でも、聖霊天掌破は?」
(あれは汝の心と共鳴し、《神王》の力を解放した時のみ使える)
「そっか。僕にもハヤトと同じ力が使えるらしいからね」
 霊戦機と会話するのが楽しいらしい。マサトはハヤトと違って霊戦機を信じるタイプだ。
 アルトシステムに身を任せた戦い。シミュレートでは、アランが唖然とするほどのスコアを出している。
 集中力を最大限まで引き出す“聖域(=ゾーン)”を持つハヤトの操作技術。
 ヴァトラスを信じ、機体の性能を最大限まで生かすマサトの操作技術。
 この二つが合わされば、ヴァトラスは今まで以上に強くなる事は確実だ。
「いやはや、これで戦力は一気に上がったわけですね」
 マサトの表情を見つつ、シュウハが呟いた。



 医務室で一人、アリサは治癒の霊力習得の為に特訓していた。
 枯れた花に自分の霊力を集中させるが、まだ扱い慣れていないのか、花は枯れたままだ。
「…………」
 もし、この力を使えるようになれば、どれだけハヤトの役に立てるのだろうか。
 どんな時でも前を向いていた人。とても大切な人――――愛する人。
 左薬指の指輪を見つつ、アリサは祈る。
「ハヤトさん……」
 今はマサトと入れ替わってもらい、自分との決着をつけようとしている。
 そんな時に自分は役に立てない。それが悔しい。
「……私は、あなたの役に立ちたい……教えてください。私はどうすれば良いですか……?」
 ただ涙が流れていた。



「と、言う訳だ。分かったか?」
 ブリッジ。アランはとりあえず澪とレファードにこの世界の事を全て話した。
 一五〇〇年前から続く聖戦。そして、その聖戦で活躍している霊戦機に選ばれたと。
 アランの説明から、澪が「あらあら」と微笑んでいる。
「聖戦ですか……それは大変ですねぇ」
「……あのな、あんたも聖戦で戦うんだよ」
「あらあら」
 澪の表情は全く変わらない。いや、状況を理解していない。
 アランはため息をつく前にレファードの方を見る。
「……た、戦うんですか……?」
「ったり前だ。その為にあんたらが呼ばれたの!」
「……そ、そうなんですか……!?」
「あらあら。それは大変ですねぇ」
 アランは肩を落とす。こんな奴らが霊戦機操者で良いのか、と言いたげに。
 その時、イシュザルト艦内に警報が鳴り響く。
『敵反応確認。敵、霊兵機。ゼルサンス国の軍隊』
 人工知能イシュザルトが告げる。アランは目の前の二人に怒鳴った。
「とにかく、あんたら出撃! イシュザルト、霊戦機は全部出せ! 霊力機は大急ぎで整備する!」
『了解』
「あらあら」
「……戦いたくないです……」
 最後までこんな感じな澪とレファードだった。



 格納庫でヴァトラスが唸った。マサトはコクピットに乗りつつ首を傾げる。
「どうしたの、ヴァトラス……?」
(炎の雄叫び《炎獣》が目覚め……自然を守る《巨神》が操者を待っている……)
「《炎獣》……? それに、操者を待っているって……?」
(操者が自分に相応しいか見たいと言っている、《巨神》は……)
 支援、援護に優れ、抜群の火力を誇る《炎獣》と鉄壁の防御を誇る《巨神》の霊戦機。
 マサトは静かに頷く。両腕の青い球体に手を乗せながら。
「皆が集まろうとしている……。ヴァトラス、行こう」
(……うむ)
 ヴァトラスが二枚の翼を大きく羽ばたかせ、出撃する。
 その後ろから霊戦機ペガスジャーノンが続いた。どうやら、出撃してくれたらしい。
 ロバートがレファードに言う。
「レファード、ただ霊戦機を信じるだけで良い。お前は、動かし方を覚えるんだ」
「お、覚えるって……ぼ、僕、戦いなんて……」
「……戦いたくないのは、誰だって一緒だ」
「……ロバート、先輩……?」
 この時のロバートは、今まで自分が見てきたロバートではないとレファードは感じた。



 霊戦機を原型に、霊力など必要としない霊兵機の大軍が王都へ迫る。
『良いか! 敵国は霊戦機を集めだしている。今のうちに母艦だけでも沈めるのだ!』
『了解!』
 指揮を執る男の言葉に、他の霊兵機操者が答える。
 霊兵機は格闘戦主体、射撃戦主体の二タイプで形成されている。
 瞬間、彼らの目の前に光が舞い降りた。炎が光を纏い、その姿を生み出す。
 重武装の装備に赤一色のボディ。獅子のような頭部は、どこか鋭く恐い印象を持たせる。
「……? どこだ、ここは……確か、えんなの部屋だったはずだが……?」
 操者は首を捻る。今まで勉強していたはずだが、なぜここに? と言いたげに。
 荒れ果てた大地を眺めつつ、彼は目の前に存在していた大軍を目にする。
「……ロボットか? 日本にああ言うロボットがあったとはな……」
 まだ自分の現状が分かっていない操者だった。



 霊戦機四機は霊兵機の前に到着した。イシュザルトも遅いが追いついてきている。
 すでに戦火が広まっている。アランはイシュザルトの画面を見て首を捻った。
「はぁ? 何でもう戦っているわけ? ロフ、王都から霊力機出てんの?」
「そんなわけなかろう。なにせ、イシュザルトのレーダーは王都のより高性能だ」
「だよな。じゃあ、あれは何だよ?」
 イシュザルトから見える戦い。その中にアランは霊戦機を見つけた。
 獅子のような頭部。間違いない、《炎獣》の霊戦機だ。アランが目を見開かせる。
「ディレクス!? お、おい、目覚めたのかよ!?」
「知らん」
「知らん、じゃねぇ! マサトの兄貴ぃ、どうなんだ!?」
『うん、目覚めてるよ。ヴァトラスがそう答えてくれたから』
「マジ!?」
 通信から聞こえるマサトの意外な一言。
『アリサさんをブリッジへ呼んで。そして、霊戦機に通信して欲しいんだ』
「姉ちゃんを?」
『うん。だって、あの操者は、ハヤトの友達だから』
 マサトはこの時、どこか微笑んでいた。



《炎獣》の霊戦機操者は突然の攻撃に苦戦させられた。
 応戦するにも、自分が今どうなっているか分からない。
「むぅ……」
 どうすれば良いか悩む。しかし、現状の事を悩んでいない。
 約束していた事を途中で放ったらかしにした後を悩んでいる。
 まず、確実に殴られるだろう。
「うむぅ……」
「――――退け、ここは任せてもらう!」
「……?」
 瞬間、霊兵機の大軍を一閃が襲った。
 二本の剣を持ち、左肩に巨大なシールドを持つロボットが敵を切り刻む。
『……さん……加賀見さん、聞こえますか? 加賀見さん?』
「……? その声は、神崎か……?」
 聞こえてきた声に、加賀見陽平はようやく反応できた。
『良かった……聞こえますね……?』
「神崎、これはどうなっている? 一体日本で何が起きた?」
 まだ日本だと思っている陽平。
『加賀見さん、あとでご説明いたします。ですから今は……』
「うむ。日本で何が起きているか知らないが、何とかしよう」
 霊戦機ディレクスが右手にガトリングを持つ。
『だから日本じゃないってば……』
『アラン、今は黙っていなさい』
 ぼそぼそと小さな声で呟いている二人である。



 戦艦イシュザルト格納庫。霊力機操者のアルスは堪えていた。怒りを。
 なぜ霊戦機が出撃して、霊力機の出撃許可が降りないのか納得していない。
 ロフが言うには、「霊戦機操者には戦闘経験が必要だ」とか。
「優遇されているじゃないか、霊戦機操者は……!」
 怨霊機が目覚めた時くらいしか現れないくせに、なぜそこまでする必要があるか知りたい。
 アルス専用機として作られた霊力機ウォーティスに乗り込む。アランが怒鳴る。
「お、おい! まだウォーティスは整備中だぞ!」
「うるさい! 霊戦機だけで戦わせても意味ないだろ!」
 そう、この世界の平和の為に戦っているのは俺達も同じだ。
 だからこそ、他国との戦いくらいは霊力機だけで決着をつけたい。
(汝……自然を愛せる心を持つ汝よ……)
「――――!?」
 声が聞こえた。頭に響いてくる。
(我は汝の力になりし者……我に相応しき心を持て、汝よ……)
「……相応しい心……!?」
(そう……我は《巨神》の霊戦機エルギガス。汝よ、全世界を救いたければ、自然を愛する心を持て……)
 格納庫内で光が集まり始める。アルスは目を見開かせた。
 全長は今まで見てきた霊戦機と比べ物にならないほど大きく、その巨大な腕は守護を司る象徴。
 背中に装備されている巨大な霊剣こそ、霊戦機の証だ。
「な……れ、霊戦機エルギガス……!?」
 鉄壁の防御を持つ仲間を守る盾、《巨神》の霊戦機エルギガス。
 エルギガスが自らの意思で巨大な腕を動かし、ウォーティスのコクピットまで差し伸べる。
 アルスは再び頭に響く声を聞いた。「乗れ」と言っている。
「……乗れるのか、俺に……!?」
(乗れる。汝は、我が選んだ操者だ)
 エルギガスの手の平に乗り、コクピットに乗り移る。
 コクピット内は霊力機と同じだ。いや、霊力機が真似ただけだからか。
 両腕付近にある青い球体に手を触れると、アルスの霊力に反応して光り出す。
 アルスは腕を動かすように念じる。エルギガスはアルスの念じたとおりに腕を動かした。
「……動ける。アラン、俺もこいつで出撃する! 許可を出せ!」
「許可って……俺か!?」
「次期艦長だろが!」
 この時、アランは肩を落とした。



 霊剣ランサーヴァイスを片手に、ヴァトラスは霊兵機と戦う。
 マサトは声を聞いた。ヴァトラスの。
(……《巨神》が目覚めた。あとは《地龍》のみだ)
「《地龍》は、どうして前の操者を待っているの?」
 ふと思った疑問。ヴァトラスは答える。
(……前操者は威厳のある人間だった……あいつは、そんな奴を待っている……)
「……待っている、か」
 ふと自分の胸に手を当てる。
 今は自分の過去と戦っている弟は、まだ自分の殻に閉じこもっている。
「早く帰って来い。ハヤト、君の事を待っている人の為に……」
 マサトは小さく呟いた。瞬間、目の前で爆発が起こる。
 龍の姿をした漆黒の機体だ。ヴァトラスが唸り出す。
(怨霊機……!)
「怨霊機!? こんな時に……!?」
『見つけたぞ、《霊王》の力を持つ者よ!』
 漆黒の龍がヴァトラスを睨みつける。ヴァトラスがアルトシステムを起動した。
 掌を敵へ向け、青く綺麗な閃光――――聖霊破を放つ。
 しかし受け止められた。漆黒の翼が龍を守る。
『甘いな。《漆龍》の怨霊機にその程度の攻撃は無駄だ』
「《漆龍》……一体、どうして《霊王》を狙うの?」
『簡単な事。我らの王が、お前の力を欲しているからだ!』
「王……?」
 マサトは理解した。やはり、怨霊機達は《覇王》のような存在の命令で動いている。
 その王がハヤトの本来の敵だとも分かった。
「今、君が狙っている《霊王》はいないよ。それに、僕は負けるわけにも行かない」
 マサトの額が輝く。翼が生えた古代の太陽――――《神王》の称号だ。
 ヴァトラスが力を引き出す。《漆龍》は笑みを溢した。
「面白い。その力を見せてもらおう!」
《漆龍》の怨霊機の尾がヴァトラスを襲う。



 レファードは空から敵の攻撃を避けていた。
 いや、戦い方を知らないのだ。
「……戦いなんて……嫌いです……」
 突然、変な所に来させられて、しかも戦う事になるなんて信じたくない。
 ロバートは誰だって戦いは嫌いだと言っていたが、だったらなぜ戦うのか教えて欲しかった。
「……戦う理由はね、こんな戦いを早く終わらせたいからよ」
「え……?」
 気づけば隣に霊戦機ペガスジャーノンがいた。一緒に説明を受けていた人だ。
 澪は再び続ける。
「誰だって、こんな戦いは望みません。けれど、逃げてばかりでは駄目ですよ」
「でも……」
 レファードは顔を沈める。
「でも……人を殺したらどうするんですか……!? 僕は人殺しなんてしたくありません……」
「あらあら……。人を殺すのが戦いではありません。それに、人を殺さない事だってできますよ?」
「…………」
「自分の考えで良いんですよ?」
「僕の考え……」
 この時、レファードは澪の雰囲気が違う事に気づいていなかった。



 霊戦機ヴィクダートが剣に雷と炎を走らせる。
「武神双撃斬!」
 霊兵機一体を捉え、二刀の剣が切り裂く。
《武神》の力を使ってどうにか敵を倒しているが、まだ数は多い。
 剣に再び雷と炎を走らせる。
「武神双破斬!」
「――――ウォォォタァァァ、バティカルッ!」
 ヴィクダートが敵を一掃すると共に、巨大な腕を持つ機体がその腕に水を集めて霊兵機を殴る。
 ロバートは頭に響いてくる声に反応した。
(……《巨神》の霊戦機エルギガス。どうやら、目覚めたようだ)
「《巨神》? そうか、霊戦機か……」
 かなりの大きな霊戦機だが、その強さは凄い。
 エルギガスの操者に選ばれたアルスは巨大な霊剣を手にする。
「ゼルサンスの好きにはさせるかぁぁぁ!」
 霊剣を振り回し、霊兵機を蹴散らしていくエルギガス。
 その破壊力はヴィクダートを超えているとロバートは思った。
 アルスがロバートに通信を送る。
「おい、《武神》の操者。一気に片付けるぞ!」
「……ああ。それに、俺はロバート・ウィルニースだ」
 やや怒っているロバートだった。



 霊力機の整備は終わり、アランは一苦労終えた。
 素早く出撃していく馬鹿が一人。ゼロが新しく搬入された胸にプロペラをつけているストナードに乗り込む。
「あのさぁ、ゼロ。霊力機ストナード乗れんの?」
「乗れる! つーか、乗る!」
「……マジかよ?」
「当たり前だ! 俺だって操者だ。最強だ! 無敵だ!」
 そう言いつつ出撃する。アランはため息をついた。
 ストナードは接近、中距離において高性能な機体だ。壊されそうで恐い。
 その後ろから、機体よりやや大きな銃を背負った霊力機が立つ。
「アラン、出撃の許可を出して。あの馬鹿を連れて戻るから」
「連れて戻るって……ミーナ、マジで言ってんのかよ!?」
「マジだから言うんでしょ! 早く許可を出しなさい!」
 逆に怒鳴られる。霊力機ルティリアに乗るミーナは、ゼロの行動にどこか不安を抱いていた。
 確かにあいつは馬鹿だ。けれど、放っておけない。
「……ゼロは、私がどうにかするから!」



 怨霊機相手にヴァトラスが苦戦する。マサトは冷や汗を浮かべた。
 霊兵機はロバート達のお陰で撤退している。やはり、霊戦機の操者達は強い力を持っている。
 ヴァトラスは両手を胸の前に構え、光を集める。
「……いけ、聖霊天掌破!」
『甘いな』
 胸から放たれる波動。しかし、《漆龍》避けた。翼を大きく展開させ、ヴァトラスを捉える。
 怨霊機の頭部には、漆黒の龍の称号が不気味に輝いていた。
『受けてみるが良い! ドラゴニック・ブロウッ!』
《漆龍》の怨霊機が闇を纏い、ヴァトラスに突撃する。
 ヴァトラスは翼を閉じて防御するが、その威力はヴァトラスに強大な一撃だった。
 マサトが激痛に苦しむ。
「あうううっ……」
『王と言えど、所詮はこの程度か……』
「おらおらおらぁぁぁっ!」
 竜巻が《漆龍》を襲う。しかし、防御力が高いのか傷一つない。
 霊力機ストナードを動かすゼロは舌打ちした。
「チィッ、あれが全然通用しないのかよ!」
『ふん、霊戦機ではないただの機械が、怨霊機を倒せると思うな』
 再び《漆龍》が闇を纏う。
『ドラゴニック・ブロウッ!』
「――――ヴァトラス!」
「うぉぉぉ、ストナーハリケェェェンッ!」
 ストナードが竜巻を起こすが、突撃する《漆龍》に呆気なく無力化された。
 ヴァトラスが前に出ようとするが間に合わない。マサトを歯を食い締める。
 瞬間、ストナードの前に霊力機が立ち、《漆龍》の攻撃を受けた。
 防御を取っていたものの、両腕は大破される。
「……この……馬鹿ゼロ!」
「み、ミーナちゃん!?」
 ゼロは目を見開かせる。ゼロを庇った霊力機ルティリアの操者ミーナは、そのまま蹴りを繰り出す。
 ストナードが吹き飛ばされた。
「ぬぉ!?」
「……この馬鹿! あんた、怨霊機に立ち向かって死ぬ気!?」
「違う! 俺は戦うんだ! 霊戦機操者として!」
「操者じゃない馬鹿が何言ってんのよ!」
「おぉぅ……!?」
 今のミーナはかなり恐い。そうゼロは思った。
《漆龍》の怨霊機が霊力機を睨みつける。
『仲間同士でもめている場合か?』
「ミーナちゃん、逃げろ! ここは霊戦機操者の俺に任せて!」
「霊戦機操者じゃないでしょ、あんたは!」
「操者だ! 俺には《地龍》の祖父がいた!」
「関係ない!」
『なるほど、先代《地龍》の血を引いているか』
 怨霊機がストナードの頭を掴む。
「ぬぐ!?」
『まぁ、お前が《地龍》に選ばれるわけないだろうが、とりあえず殺しておくか』
「ぐうぅぅぅ……」
 ストナードが暴れる。しかし、すぐに制せられた。怨霊機の尾が両腕を切断する。
 ゼロは悔しかった。霊戦機操者になれなくて。ここで負ける事で。
 唇を噛み締める。血が流れていた。
「……俺は霊戦機操者になるって決めてんだよ……戦いで死んだじいちゃんの為にも……!」
 両親から反対されつつも、周りから操者には向かないと言われてきても、操者になりたかった。
 先代《地龍》の祖父は、この世界の平和を願っていた。だから俺がそれを叶えたい。
 今まで馬鹿な事をやってきていても、これだけは馬鹿なんて言わせない。
 だから、俺は霊戦機操者になりたいんだ。
「……《地龍》、てめぇは待つだけか……!? 戦いが始まってもまだ待つのかよ……!?
 操者が決まらねぇなら……俺を……俺を選べ……!」
『馬鹿な事を。そんな事で霊戦機が操者を選ぶと言うのか?』
「……俺はじいちゃんみたいにはなれねぇ……けどよぉ、俺はこの世界を救いたい……救いたいんだよぉ……!」
 ゼロの言葉に、ついに彼は応えた。光が集まっていく。
《漆龍》は目を見開いた。まさか、本当にこいつを操者と選んでしまったのか、と。
『始末するか……』
「そうはさせない! 武神双撃斬!」
「ウォォォタァァァ、ヴァティカルッ!」
 ヴィクダートとエルギガスが《漆龍》へ攻撃を開始する。《漆龍》はストナードを離して宙を舞う。
 それが好機だった。ヴァトラスが両手を胸の前まで出し、光を集める。
 同時に、《炎獣》の霊戦機ディレクスが両肩の大砲を構えた。
「聖霊天掌破!」
「……むぅ」
 ヴァトラスとディレクスが攻撃する。《漆龍》が翼を閉じて防御した。
 ゼロのいた場所に光が集い、両肩に円盤型のカッターを装備した機体が姿を現す。
 ゼロの乗るストナードとミーナの乗るルティリアが無造作に地に倒れる。
「……おぉ? どうなってんだ!?」
「それはこっちの台詞! 何で私まで乗っているのよ!?」
 霊力機二機が動かなくなったのは、ゼロとミーナがその機体に乗っているからだった。
 操者を二人必要としている機体。ヴァトラスがその機体に向かって文句を言う。
(遅いぞ、《地龍》。ようやく操者を見つけたか)
(すまんな。ようやく、前操者と同じ志を持った者が現れた。これで、私も戦える)
(頼むぞ、リクオー)
(任せろ、ヴァトラス)
 二機の会話にマサトは微笑む。《地龍》の霊戦機リクオー。これで七機揃った。
《漆龍》が翼を広げ、闇を纏う。
『霊戦機が全機揃ったか。ならば一気に片付けるのみ!』
「んな事ぁ、させねぇぜ! ミーナちゃん、やってやるぜ!」
「……はいはい。サポートはするからやちゃって」
 ミーナ、投げやり。《漆龍》が突撃を開始する。
『受けるが良い、ドラゴニック・ブロウッ!』
「き、来た!? 武器! 武器! 武器ぃぃぃ!」
「うるさい! とにかく、操縦をこっちに回す!」
「お、おう!?」
 リクオーが両手を敵へ向ける。ゼロの霊力が集まった。
「グランドリーフ!」
 大地の破片が飛び舞い、波動の如く放たれる。
《漆龍》はそれを避けたが、次の攻撃が怨霊機を捉えた。
 雷と炎が走る剣。ヴィクダートがリクオーに話しかける。
(相変わらず、お前の操者選びは時間がかかるな)
(何を言う。前回は《霊王》の方が、時間がかかったぞ)
 ヴィクダートとリクオー。《武神》と《地龍》は昔からの友だ。
 そのバランスの取れた武装で臨機応変に戦う《地龍》。
 接近においては無敵を誇り、《霊王》の剣として戦う《武神》。
 ロバートがゼロに言う。
「霊戦機の武装くらい、霊戦機に聞け。そうすれば、霊戦機は応えてくれる」
「なんとぉ!?」
「……まぁ、良かったな。霊戦機操者になれて」
 やや照れくさそうに言うロバート。ゼロはへっと笑った。
 宙を舞う《漆龍》。その時、雷が下る。
『……そうか。今は退いた方が良いか』
「退くだぁ!? てめぇ、逃がさねぇぞ!」
「馬鹿! ろくに動かせないくせに、そんな事言わない!」
「全くだ。今回はこちらの数が多いが、互角だと負けるかもしれないぞ」
 ミーナとロバートに制せられるゼロ。《漆龍》が最後に告げる。
『……これだけは言っておこう。《霊王》では我らが王には勝てない』
 そして消えていく。マサトが胸を掴む。
「……ハヤト、君なら大丈夫だよね……?」
 ただ不安で一杯だった。

 霊戦機が七機揃った。
 それは、聖戦の始まりを告げる序曲であり、まだ霊戦機、怨霊機操者達は知らない。
 彼らの敵は、他に存在していると言う事を――――



 第一章 動き出す闇

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