第四章 悲しみと怒りと


 突如現れた二体。その全長は霊戦機の三倍近くはある。
 ハヤトにあの辛き過去を見せ、心を破壊した敵。
『《霊王》の精神は破壊したのだが、まだ生きているとはな』
 赤い機体がヴァトラスを見て言う。ヴァトラスが唸りを上げた。
「ヴァトラス……?」
(奴らは、我らにとって最大の敵。必ず倒さねばならない存在)
「必ず倒さないといけない敵? じゃあ、ハヤトの本当の敵って……!?」
(間違いなく、奴らだ……!)
 ヴァトラスが霊剣ランサーヴァイスを構える。閃光の刃が伸びた。
 緑の機体がヴァトラスを見る。
『我らを倒すつもりでいるのか、霊戦機よ?』
(我は、お前達を倒せねばならない!)
『そう粋がるものではないぞ、《霊王》の霊戦機。いや、今は《神王》だったか』
 緑の機体が斧を構える。《魔神》は怨霊機デスペランサの唸りに反応する。
 怨霊機が怯えている。まさかだとは思いたいが、この怯え方は奴の時と同じだ。
《血煙》も自分の怨霊機の反応を見て、《魔神》に話し掛ける。
『私達は撤退した方が良さそうですね……。アルムギアが怯えています』
『……そうだな。デスペランサ、退くぞ』
『アルムギアも退きます。カオス、あなたもです』
『退くだと!? 貴様ら、俺はまだ奴を殺してねぇ!』
『だったら好きにしろ。死にたいのならな』
 その言葉に、カオスが怒りを覚える。しかし、素直に従った。
 グリムファレスが怯えていては、戦おうにも戦う事が出来ない。
 怨霊機達が姿を消す。マサトはそれを見て少し安心した。
 力の差が大きい相手以外に、怨霊機がいては厄介だった。ロバートが敵を睨む。
「あいつが、ハヤトを倒した敵なのか?」
「……うん。凄く嫌な感覚がする」
「確かに。ヴィクトリアスが警戒している。油断できないな……」
 進化したとは言え、それでも敵の強さはヴィクトリアスより上だ。
 アルスが舌打ちする。
「チッ、他の奴らが出撃できれば、少しは楽になるだろうな」
「難しいね……。敵の強さは、ヴァトラス達でも分からないみたいだし……」
 マサトは不安だった。



 イシュザルト格納庫で、アランはようやく霊戦機の整備を全て終えた。
「よし、シュダは早く戻って来い! 霊戦機操者は出撃してくれ!」
「ようやく俺の出番だぁぁぁ! 行くぜぇ、ミーナちゃんっ!」
「……はいはい。今度はしっかりしなさいね」
 ゼロが素早くリクオーに乗り込む。ミーナは呆れていた。
 陽平がディレクスを眺めながら考える。
「武器はある程度聞いたから良いが、必殺技と言うのは、やはり叫ぶべきか……?」
「……どっちでも良いだろが。てか、熱血系じゃねぇの?」
「薦められてやってみたゲームは、ほとんど熱血系が多いが、俺はな……」
「……ま、とにかく出撃してくれ」
 そもそも、「ゲームって何だ?」と聞きたいアラン。
 澪がのほほんとした顔のまま格納庫を歩く。
「あらあら、皆さん大変ですねぇ」
「……あんたも出撃するんだよ! 操者だろ!」
「あらあら」
 自覚がないのか、それともただマイペースなのか、アランはため息をつく。
 それにしても、一人足りない。アランはさらにため息をついた。
 格納庫の片隅で震えている《星凰》操者であるレファードを見つける。
「ほれ、行くぞ」
「ち、ちょっと待ってください……僕は戦いなんて……」
「早く行け。てか、強制出撃」
「や、やめてくださいぃぃぃ……」
 ずるずると引きずられて行く。



 ルナルク・ゼオライマーが一瞬にしてハヤトを襲う。光の鳥がそれを防いだ。
 ハヤトは頭の中で思い出されていく“全く知らない記憶”を見ていく。
『……太陽……神の三武具……? 《神王》が誕生し……二人の王に分かれた……?』
 途切れ途切れで分からなかった。ただ、気になる点があった。
《神王》の称号は元々存在していた。《霊王》の進化としてではなく。
 光の鳥がルナルク・ゼオライマーの攻撃を防ぎつつ答える。

 ……二人の王は、元々《神王》と言う一つの存在。それが、光と闇によって分かれた。

『光と闇によって……? 霊戦機と怨霊機のように……?』

 そう。今まで光と闇の両方の力を持つ王が誕生しなかったから……。

 光の力を持つ《霊王》。闇の力を持つ《覇王》。彼らは元々《神王》と言う一人だった。
 しかし、光と闇の対峙から二人になってしまい、今まで一つの存在に戻りたくても戻れなかった。
 ハヤトの場合、二人の王の血を受け継ぐ為、光と闇の二つの力を持つ事ができている。
 その為、《神王》と言う本来の称号を取り戻したのだ。
『そうか……元々、二人の王は一人だった……』

 そして、再び《神王》が誕生し、奴らが動き出した。

『それは違うな』
 ルナルク・ゼオライマーが光の鳥を捉える。
『我らが動き出したのは《神王》が誕生したからではない。“滅びの王”の封印が解けるからだ』
『“滅びの王”……!? それが、全ての根源なのか……!?』
『そうだ。そして、我らの使命は光の鳥と、その力を持つ者を消す事』
『光の鳥の力……――――!?』
 突然、ハヤトは何かに襲われた。思い出したくない光景が見える。
 孤独だった頃の光景。“化け物”と呼ばれていた光景が思い出される。
『――――ああああああ……!? 違う……俺は“化け物”じゃない……“化け物”なんかじゃぁぁぁ……』

 ……一体、彼に何を……!?

『この者の中に眠る過去を思い出させただけだ。彼の過去は闇に満ちている』

 止めるんだ! 彼をここで失うわけにはいかない!

『それは無理だ。なにせ、過去と言うものは一生消えぬ傷だからな』
 ルナルク・ゼオライマーが漆黒の剣で光の鳥を刺す。
 光が大量に溢れた。光の鳥が闇の中に呑み込まれていく。
『光の鳥よ、お前の言う希望など、この世界には存在しない』

 くっ……僕はまだ消えるわけにはいかない……!

 光の鳥がハヤトの方を向く。そして、光を放った。
 これが自分のできる最後の事。彼の持つ力について全て伝える。

 君なら……この戦いを止められる……本当の君を……見つけ……て……。

 光の鳥が闇に呑み込まれた。ルナルク・ゼオライマーがハヤトの方を見る。
 自分の過去を見て我を失っているハヤトは、まさに都合の良い。
『光の鳥の力を持つ王よ、さらばだ』



 赤い機体と緑の機体が互いに会話する。
『ゴージア・バルオームよ、どうする?』
『我らの使命は王を消す事。サン・デュオームよ、残りを頼む』
『良いだろう』
 赤い機体――――ゴージア・バルオームが剣を手にヴァトラスへ襲い掛かる。
 ヴァトラスが閃光の剣で応対した。
『ある程度は戦う事ができるようだな、ようやく』
「どうしてハヤトを狙うの!? 一体君達は……!?」
『冥土の土産として教えてやろう。我らは破壊神。全てを滅ぼす者』
 ゴージア・バルオームがヴァトラスの閃光の剣を打ち消す。
『そして、我らが王の為、《神王》を消す者だ』
「ハヤトを消す……? そんな事はさせない……僕は、ハヤトを守る為に戦うから!」
『守る? そんなものなど、どのみち星を滅ぼさせる戦いの前では無用なもの』
「星を滅ぼさせる戦い……?」



 緑の機体――――サン・デュオームが二体の霊戦機の方を見る。
 ギガティリスが背中のミサイルを敵へ狙いを定めた。
「くらいやがれ!」
「雷鳴斬裂閃!」
 同時にヴィクトリアスが剣に雷を走らせて攻撃する。
 サン・デュオームはギガティリスのミサイルを掻き消し、斧でヴィクトリアスの剣を受け止める。
『無駄だ。お前らの攻撃など、我らの前では通用しない』
「何……?」
『我らはこの星を滅ぼす為に存在する破壊神。人間如きが、神を倒す事などできないのだ』
 ヴィクトリアスを吹き飛ばし、サン・デュオームが斧を振り回す。
 無数に放たれた竜巻が、ヴィクトリアスとギガティリスに襲い掛かる。
(――――獣神結界!)
(斬魔旋風!)
 霊戦機が自らの意思で防御を行う。しかし、サン・デュオームの放った竜巻の前では通用しなかった。
 竜巻が二機を襲い、全身をかまいたちが切り刻む。
 続いて、サン・デュオームが斧を振り上げる。
『滅びの雷よ、パルチメザン』
 暗雲から雷が唸りを上げる。ロバートとアルスは舌打ちした。
「――――おらおらおらぁぁぁ、グランドォォォッギガキャノンッ!」
 瞬間、イシュザルト側から波動が放たれる。サン・デュオームは直撃を受けた。
 しかしダメージは無い。装甲も傷一つなく、ただ平然としている。
 イシュザルトの甲板に立つ一機の霊戦機。その操者が嘆く。
「全然無傷じゃねぇかぁぁぁああああああっ!」
「うるさいっ、少しは黙って!」
「ミーナちゃん、武器! 他に武器ないの!?」
「自分で探しなさい!」
 コクピット内でミーナがゼロに怒鳴る。強敵を前に何がしたいのか分からない。
 サン・デュオームが静かにリクオーの方を見る。
『《地龍》か。しかし、操者は未熟のようだな』
「んだとぉ!? テメェ、そう言う事は戦ってから言いやがれってんだ!」
「こら、敵を挑発しない!」
『威勢が良いだけか』
 サン・デュオームが斧を振りかざす。
『まずは、《地龍》から消すか。アラウンド』
 斧から龍の姿をした波動が放たれた。ゼロが焦る。
「来た! 武器! 武器! ミーナちゃん武器ぃぃぃっ!」
「うるさい! とにかく、反撃! グランドリーフ!」
 リクオーが両手を敵へ向け、ゼロの霊力が集まる。
 大地の破片が飛び舞い、波動の如く放たれた。
 リクオーが肩のカッターを手に構える。
「おぉぅ!? グランドスマッシャー!」
 自分で驚きつつ投げる。円盤状のカッターは真っ直ぐサン・デュオームへ襲いかかった。
 サン・デュオームが斧を振り上げ、暗雲から雷が唸りを上げる。
『パルチメザン』
 雷撃が彼らを襲う。



 ゴージア・バルオームがヴァトラスを大地へ叩き落す。マサトはコクピット内で強く頭を打った。
 額から血が少し流れてくる。ヴァトラスが唸りを上げる。
「……大丈夫だよ、これくらい……」
 手元の球体を強く握り、ヴァトラスが奮い立つ。そして、霊剣を霊槍に変えた。
 ランサーヴァイスを一突き、ゴージア・バルオームの腹部を襲う。
 しかし、ゴージア・バルオームには刺さらなかった。ランサーヴァイスの先端が見えなくなっている。
 いや、空間が遮断されたのだ。ゴージア・バルオームがヴァトラスを睨む。
『無駄な事を。我ら破壊神と貴様らでは、空間が違うのだ』
「空間が違う……!?」
『そうだ。所詮、貴様ら人間が、我らを倒す事は不可能』
 瞬間、ヴァトラスが距離をと素早く取り、ランサーヴァイスを霊剣へと戻す。
 剣に光が集まり、閃光の刃が伸びる。
(神王閃光斬!)
 ヴァトラスが唸りを上げ、剣を振り落とす。ゴージア・バルオームは空間遮断によってそれを断った。
 巨大な剣がランサーヴァイスに向けて振り落とされる。霊剣はいとも簡単に砕けた。
「ランサーヴァイスが……!?」
『霊剣とは言え、所詮はただの剣』
 左腕が引き千切られる。ヴァトラスが悲鳴の唸りを上げた。
 千切られた腕から、光の滴が流れ落ちる。
(ぐぁぁぁっ……)
「ヴァトラス!?」
 ゴージア・バルオームがヴァトラスの頭部を掴む。
『存在してはならぬ存在か』
「――――!?」
『この世に存在してはならぬ存在。お前は、ただ存在しているだけだ』
「それは……」
 本来生まれるはずだった双子の兄。けれど、結局はハヤトのもう一人の人格。
 それはマサトにとって、もっともハヤトにかかる負担だった。
 ゴージア・バルオームがヴァトラスの頭部を掴む手から深紅の光を発する。
『存在してはならぬ存在は、ただ消すだけだ』
「消……す……うあぁぁぁああああああっ……!?」
 激痛が走る。それも、身体的にではなく精神的な激痛が。
『本来、ハヤト・カンザキは死ぬ運命にあった』
「ああああああ!?」
『それを、存在してはならぬ貴様が、その運命を変えてしまったのだ。生命の理を反して』
 ゴージア・バルオームの言葉は、マサトの心を貫くほど痛いものだった。



 イシュザルトのブリッジ。シュウハはゴージア・バルオームの言葉に反応する。
 コトネがシュウハの肩に手を置く。
「気にするな。あの時、ハヤトが死ぬ前に止めに入っているよ」
「……分かっています。あの時の罪は、一生償えるものではありませんから」
「あの……」
 アリサが不安の表情で訊いて来る。
「あの時って……?」
「……私は昔、不良だったのです」
 シュウハはアリサに自分の事を話し始める。
《霊王》として戦い抜いた神崎獣蔵の血を引くシュウハは、神崎家から期待を持たされていた。
 しかし、その期待はあまりにも大きく、シュウハ自身、それに耐えられなかった。
「……神崎家の人間から伝わってくるプレッシャーに、私は逃げようと不良の道へ走りました」
「そして、七年前にそれは起こったんだよ」
「七年前……マサトさんが皆さんの前に現れた頃、ですか……?」
「ええ。決して、忘れる事などできない日です」

 七年前、シュウハは神崎家の人間から『用無し』と言われた。
 理由は《霊王》として選ばれる資質がないと判断されたからだ。
 そして、その資質はハヤトだと知った時、シュウハの中で何かが弾けた。
「どうした、立てよ! 王の資質を持っている奴が、この程度で終わりか!?」
 壁に頭から強く打ったハヤトを前に、シュウハは二本の竹刀を振り下ろす。
 赤熱と青の龍の波動が放たれ、ハヤトを再び襲った。
 壁が壊れ、外に吹き飛ばされる。全身はすでに血だらけで、意識などない。
「…………」
「お前が王の資質を持っているなら、なぜ俺より弱い!?」
「…………」
「お前がいなければ、俺は『用無し』と言われずに済んだんだ! お前が……お前がいるせいだ!」
 赤熱のかまいたちが放たれる。ハヤトは何も出来なかった。
 いや、もう立つ事すら無理なのだ。まだ十歳と言う子供が、ここまで攻撃を耐えていただけでも凄い。
 ハヤトの前に一人の女性が立ち、拳で赤熱のかまいたちを殴る。
 シュウハの姉コトネが、鋭い眼光で睨みつける。
「何やってるんだい、シュウハ!」
「姉貴は黙ってろ! これは、俺と“化け物”の問題だ!」
「あんたまでハヤトの事を“化け物”呼ばわりする気かい? いい加減にしな!」
 コトネが怒鳴り上げる。彼女は唯一、祖父である獣蔵からハヤトの事を聞いていた。
 無限の霊力によって、神崎家の人間全てから避けられている事、天才と言うだけで“化け物”扱いされている。
 シュウハは鼻で笑う。
「こいつが“化け物”でなかったら何だって言うんだ? えぇ、姉貴!」
「ハヤトの事を何も分かっていない馬鹿が、簡単に“化け物”と言ってんじゃないよ!」
 コトネが拳を構える。相手が弟とは言え、もう容赦はしない。
 その時、ハヤトが立ち上がった。足元がふらついているものの、霊力は全く感じられない。
 コトネが目を見開く。祖父によって霊力を封印されているのは分かるが、その瞳はハヤトの瞳ではなかった。
 悲しく、輝きを失った瞳が、まるで我が子を守るように相手を睨みつけている獣の瞳をしている。
「……ハヤト、なのかい?」
「…………」
 答えない。ハヤトが静かにシュウハを睨みつける。
 そして、静かにその言葉は放たれた。
「……ハヤトは……、僕の弟は……僕が守る……!」

「それが、マサトが初めて現れた時の事です。私は……あの時、ハヤトを殺したい気持ちで溢れていた……」
 シュウハが拳を強く握る。アリサは黙っていた。
 ハヤトはそこまで酷い仕打ちを受けながらも生きようとしていた。どこか胸が痛い。
 破壊神が言うように、その頃にハヤトは死ぬ運命だったのかもしれない。
 しかし、そこから生きる運命へマサトが変えたとも思えない。
「マサトは、ただハヤトを守るだけです。本人もそれが自分の役目だと言っています。
 それに、ハヤトには生きなければなりません。あいつは、まだ本当の幸せを知らない」
「本当の幸せ、ですか?」
「ええ。その幸せは、二人で見つけてください。それまで、私はハヤトを守り通します」
 姉から聞いたハヤトの全て。そこから、シュウハは新たな道を見つけた。
『用無し』と呼んだ神崎家の長老達を逆に利用し、ハヤトの為に動く。
 そして、ハヤトが本当に強くなるまでは、絶対に守るという道を。
「ハヤトの本当の強さは、過去を乗り越える事です。今はまだ引きずっている。
“化け物”と呼ばれた過去を乗り越えてこそ、ハヤトは本当の意味で強くなる」
「ま、じいさんやあたし達じゃ、あいつをただ強くするだけからね。あとは、ハヤト自身の問題だ」
「……そう、ですね……」
 辛い過去を背負った彼だけの問題。アリサにとって、それは苦痛だった。
 また大切な人の役に立てない。涙が出来そうなほど、悲しい。
 コトネがアリサの肩に優しく手を置く。
「アリサはハヤトの側にいるだけで良い。それだけで、ハヤトの役に立っているよ」
「でも……」
「少しは気を楽にしな。ハヤトの為にもね」
 コトネの言葉はとても優しい。



 サン・デュオームが斧を振りかざす。霊戦機三体は立ち上がれるほどの力がなかった。
 リクオーは愚か、進化を遂げたヴィクトリアス、ギガティリスでもその差は歴然としている。
『弱き力だ。その程度で星を救うなどとは』
「くっ……」
 ヴィクトリアスが奮い立とうとする。
「……まだ戦えるか……ヴィクトリアス……?」
『無駄だ。貴様の力ではもう戦う事などできぬ』
「あらあら。では、私はどうなのでしょうか?」
『何……?』
 一閃がサン・デュオームの肩を斬る。しかし、空間遮断によってダメージはない。
 四足歩行型の霊戦機が華麗に空を舞う。
(空間を遮断したか。かなりの速さで攻撃したのだがな)
「あらあら、あれが最速ですか?」
(ふざけた事を。そう言う事は、俺の力を引き出した時に言うものだ)
 四足歩行型の霊戦機――――ペガスジャーノンが操者の澪に言う。
 澪は「あらあら」と低い霊力を上手く集中させる。
 額に天を翔ける《天馬》の称号が浮かび上がり、澪がその瞳をサン・デュオームへ睨みつけた。
「本気で行かせて頂きます」
『ふん、神に勝てると思っているのか、人間よ?』
「分かりません」
『良いだろう。すぐに楽にしてくれる』
 サン・デュオームの斧がペガスジャーノンを襲い、斬る。
 瞬間、ペガスジャーノンの姿が消えた。上空から波動が放たれ、サン・デュオームを襲う。
『……弱いな』
「あらあら、通用していませんね」
(俺の残像はともかく、やはり奴の空間遮断は厄介なものだな)
 ペガスジャーノンの残像は、破壊神をも凌駕した。
 しかし、空間遮断と言う力を持つ敵には全ての攻撃が通用しない。
 澪がほのぼのと言う。
「どうしたものでしょうかねぇ?」
(ヴァトラスが真の力を出せば、好機は見えるだろうが、こればかりは分からないな)
 空間遮断を断ち切らない限り、破壊神は倒せない。それが今の現状だ。



 マサトが激痛に苦しめられる。ゴージア・バルオームはさらに言葉を続けた。
『存在してはならぬ存在よ、消える時だ。お前が今消えれば、心を失った王も消える』
「うっ、うあぁぁぁぁぁぁ……」
 闇がマサトを覆っていく。その時、一閃の波動がゴージア・バルオームを襲った。
 ゴージア・バルオームは空間を遮断して防ぐ。放たれた場所には一機の霊戦機がいる。
 重武装の装備に獅子のような頭部を持つ《炎獣》の霊戦機ディレクスが、ゴージア・バルオームを睨む。
「……その手を放せ。マサトは死なせるわけには行かない」
『《炎獣》か。馬鹿な事を言うな。こいつは、存在してはならぬ存在だ』
「そんな事はない。マサトは、ハヤトを守る為に存在している。俺の親友を守る為に。
 だから俺は、親友の大切な人を助ける義務がある」
「……陽……平……?」
 生を受ける事もなく、本来ならば死んだはずの存在。そうマサトは思っていた。
 しかし、ハヤトを守ると言う事で、ようやく自分の存在がどれほど大きいのか知った。
「……そっか……ハヤトの親友って言う事が……分かったよ……」
 今まで天才と言う才能から“化け物”として避けられていたハヤト。
 そんなハヤトを、陽平は“化け物”として接する事はしなかった。それが答えた。
 ハヤトが心を開いた相手。加賀見陽平は、ハヤトにとって、掛けがえのない親友。
『愚かな。この存在は、もう闇に飲み込まれた。今更助ける事などできん』
「何……?」
 ゴージア・バルオームの言葉と共に、ヴァトラスの腕がだらりと下がった。



 忌まわしき過去、思い出したくもない悲しみと辛さで満ちた過去。
 ハヤトは頭を抱えて怯えていた。“化け物”と呼ばれるのが恐くて。
『あぁぁぁぁぁぁっ……』
 頭を振りきり、忘れようとする。しかし、忘れる事などできなかった。
 今まで、そんな中で生きてきたから。絶対に忘れられなかった。
『所詮、お前は“化け物”と言う運命だったのだ。今だけ違うのだ』
『……今だけ……?』
『そうだ。お前は“化け物”と言う運命から逃れる事などできない』
 ルナルク・ゼオライマーの言葉がハヤトの瞳から涙を流させる。
 ハヤトは信じたくなかった。けれど、無理だった。
 繰り返される“化け物”と言う言葉。ハヤトの瞳から輝きが失われていく。
『俺は……“化け物”……俺はっ……』

 ――――大丈夫。あなたは、私の掛けがえのない息子だから。

 光がハヤトを包み込む。その中に、彼女の姿があった。
 もう二度と会えないはずの彼女の姿。ハヤトは目を見開いた。
 優しい瞳は、昔の温かさを思い出されてくれる。
『……か……母……さん……?』
『ハヤト、自分をしっかりと持ちなさい。大丈夫、あなたは“化け物”ではありません』
 突然の言葉。ハヤトは首を強く横に振る。
『違う! 俺は“化け物”なんだっ……だからっ、だからっ! 皆避けるんだ!』
『…………』
『俺は“化け物”なんだっ! 親父にも母さんにも見放された“化け物”なんだ!』
『ハヤト……』
 優しく抱きしめる。ハヤトは母の温もりを感じた。
 思い出せる。霊力を使いこなす事ができるようになって、母が初めて自分を抱きしめてくれた日の事を。
 母の温もりが伝わっていく。母は静かにハヤトの頭を撫でる。
『あなたは“化け物”じゃない。そして、私やあの人は、自分の息子を心の底から愛したかったのよ』
『……?』
『お父さんはね、ハヤトを殴る度に心を痛めていた。
 我が子に対して冷酷になる事が、闇を呼んでしまったの……』
『や……み……?』

 ハヤトがまだ三歳と言う幼い頃、父である凌駕は、それを抑えていた。
 自分の中に眠る《覇王》の力を。忌々しき力が溢れる事を必死に。
「くっ……」

 ――――どうした? なぜその力を解き放たぬ?

「……この力が、忌々しき闇の力だからだっ……!」
 語りかけてくる声に、凌駕は自我を保った。
 闇が凌駕の全身へと入り込んでいく。《覇王》の力が目覚めだそうとする。
「やめろっ……私の中に入って何をする気だ……!?」

 ――――これから深い闇へ入り込む人間の悲しみを我が力へと変える。

「何……!?」

 ――――その為には貴様が必要なのだ。なにせ、深き闇の持ち主は貴様の息子だからな。
「な……ハヤトに何を――――うぉぉぉ……!?」



『――――!? 親父!?』
『この時、お父さんは闇に取り込まれたのよ。そう、今目の前にいる闇に……!』
『……俺のせいで……俺が“化け物”だからッ……!』
『それは違うわ。ハヤト、あなたは誰よりも大きな光を秘めている。“化け物”ではないのよ』
 どんなに辛い思いをしても、その秘めた光は決して絶えなかった。
 ハヤトが母の優しさを感じつつ、唇を噛み締める。
『……でも、俺には乗り越える事なんて……できない……!
 母さんの死! 親父とサエコの死を……乗り越えるなんて無理だよ……!』
『大丈夫。ハヤト、自分を信じなさい。そして、あなたの大切な人の元に帰るのよ』
『俺の……大切な人……』
 ハヤトの中に浮かび上がる姿。それは、とても眩しい笑顔の少女だった。
 幼い頃、初めて出会った少女。言葉が何も通じなくても、心は通じ合えた少女。
 そして今、自分を支えてくれる大切な人。
『……アリサ……俺はアリサを守る為に……!』
『つまらないものだ。まだ楽しめると思っていたが』
 ルナルク・ゼオライマーが漆黒の闇を放つ。ハヤトはその闇を睨みつけた。
 左手に赤熱の光が生まれ、闇を打ち消す。光が何かに姿を形成していく。
 矛先が二つになっており、赤熱に輝く神秘的な槍だ。ハヤトが目を見開く。
 途端、声が聞こえた。

 ――――汝の悲しみを超えし強き心、しかと受け止めた。我が力を今託す時が来た。

『力……?』

 ――――我が名は神の槍グーングニル。力の解放と封印を司る汝の力となりし槍なり!

『神の槍……? 力が……光が感じる……!』
 右手に黄金の光が発せられ、光が剣を生み出す。黄金に輝く刀身が、闇を照らす。
 ハヤトの瞳が光り輝く。太陽のように燃え盛る光の瞳。
 ルナルク・ゼオライマーがその瞳を見て怯む。
『“太陽の如く輝く光の瞳”に“太陽の剣”だと……!? やはり、貴様が本当の王か!』
『……そんなのは関係ない。俺はただ、この聖戦を終わらせるだけだ!』
 槍が赤熱と純白の光に包まれる。ルナルク・ゼオライマーは、その光を見て姿を消した。
 このまま彼と戦えば、間違いなくこちらが負けるだろう。まだ目覚めたばかりの自分が。
 完全に力を取り戻していれば殺せるが、今は分が悪いと判断したのだ。
 母がハヤトを見て微笑む。
『ハヤト、これだけは忘れないでね。どんな時でも、私とお父さんは、いつでもあなたを愛していると』
『ああ。ありがとう、母さん』
『大切な人と幸せになりなさい。あと、サキの事、お願いね』
『ああ』
 母が光に包まれて消えていく。ハヤトは静かに見送った。
 もう迷う事はしない。もう過去から逃げたりはしない。
 自分が戦う理由は一つだけ。このふざけた聖戦を終わらせる事。
 それが自分にできる事。ハヤトが両手に持つ武器を光に変える。
 神の槍と太陽の剣。とても強い力を感じる。
 途端、何かが胸を貫いた。不安が心を焦らせる。
『……マサト……!?』



 陽平の内に眠る怒りが、ディレクスに力を漲らせる。
 赤熱に燃える炎が激しさを増し、蒼い炎が生まれる。
 肩に二連装の巨大な大砲。両腕にはそれぞれ、ガトリングと多連装ミサイルが装備されている。
 獅子の如き頭部の額に、蒼き炎に包まれた獣の姿が見える。
(熱き心が我を進化させた。我は制裁の炎を闇へ下す《蒼炎》の霊戦機。名はディレクダート!)
「……いくぞ」
 胸が展開し、砲口が現れた。力を溜め、光が溢れる。
「……蒼炎波動破……!」
 放たれる蒼炎の波動。ゴージア・バルオームは空間遮断を行う。
 こうも早くに『進化』を遂げるとは思っていなかった。しかし、それでも負ける事はない。
 巨大な剣を手に、ゴージア・バルオームが《蒼炎》の霊戦機を睨む。
『新たなる力を得ても、我ら破壊神には勝てぬ』
「そんな事はどうでも良い……。俺はただ、お前を許してはおけない」
 陽平の瞳は、正真正銘、獣の瞳だった。



 ハヤトは目の前にいる彼を見て、すぐに嫌な予感がした。
『マサト……!?』
『……ごめん、ハヤト……。僕は……もう限界かな……』
 マサトが倒れる。ハヤトはマサトに近寄った。
『しっかり……しっかりしろ、マサト!』
『……もう……無理だよ、ハヤト……。僕の心は……壊されて……』
『そんな……そんなのって……!』
 ハヤトの目に涙が浮かぶ。マサトは優しく微笑んだ。
『そんな顔……しないで……。せっかく……過去を乗り越えたんだから……』
『でも……ごめん、マサト……俺のせいで……ごめん……!』
『……謝らなくて良いよ……。けれど……これだけはお願いして……良いかな……?』
 マサトがハヤトの手を握る。ハヤトも握り返した。
『……もし……もし、僕がちゃんと生きて産まれていたら……兄さんって呼んで欲しかった……。
 だから……一度だけで良い……から……僕の事を兄さんって……呼んでくれる……かな……?』
『……ああ。だから……だから死なないでくれ……兄さん……!』
 誰よりも自分の事を守ってくれた兄。誰よりも優しく、そして強かった兄。
 マサトは嬉しそうな笑顔で最後の言葉を放った。
『……ハヤト……僕はハヤトの力になれて……嬉しかっ……た……』
『兄さん!』
『……兄さんって……呼んで……くれて……ありが……と……う……』
 マサトが目を静かに閉じる。それも、笑顔のまま。
 ハヤトは涙を流していた。まだ信じたくなかった。
『……嘘だろ……? 嘘だって言ってくれよ……嘘だって……言ってくれ……よ……!』
 マサトの体が黄金の光に包まれ、光の粒子となって消えていく。
 そして、光と共にマサトは消えていった。ハヤトが愕然とする。
『……マサト……マサトぉぉぉ……マサトぉぉぉおおおおおおっ……』



 ディレクダートを吹き飛ばし、ゴージア・バルオームがヴァトラスを無造作に投げ捨てる。
 闇を彷徨う《霊王》は、もうルナルク・ゼオライマーに消されただろう。
 これで、この星は滅びの道へ進むしかない。
『終わりか。サン・デュオーム、そちらはどうだ?』
『こちらも、ちょうど終わったところだ』
 ペガスヴァイザーの頭部を握りつつ、サン・デュオームが答える。
 破壊神の強さは、まだ目覚めたばかりとは言え、霊戦機では太刀打ちできていない。
 ゴージア・バルオームがイシュザルトを睨む。
『残ったのは、あの箱舟だけか』
『すぐに消そうではないか。どうみち、この星は滅ぶのだからな』
『そうだな。我ら破壊神を倒せる人間など、所詮存在しておらぬ――――!?』
 瞬間、一閃がゴージア・バルオームの空間遮断を貫き、斬撃が腕を切り刻む。
『な……!?』
「……お前らが……お前らがいるからぁぁぁああああああっ!」
 ヴァトラスが咆哮を上げ、翼を漆黒へと変える。右手には、光り輝く剣が持たされていた。
 ゴージア・バルオームはその姿を見て、驚くわけにはいかなかった。
『“覚醒(=スペリオール)”だと!? 馬鹿な、《霊王》はルナルク・ゼオライマーによって消されたはず!』
「うぉぉぉおおおおおおっ!」
 ヴァトラスの瞳が赤熱になり、剣が振り落とされる。いくつもの竜巻が放たれた。
 ゴージア・バルオームの全身が切り刻まれる。空間遮断が通用しなかった。
 ヴァトラスが閃光の刀身を伸ばし、破壊神二体を睨みつける。
 怒りによる“覚醒”。大切な人を失ったハヤトは、再びその禁断の力を解き放ってしまった。
 破壊神がヴァトラスに襲い掛かる。
『滅べ、パルチメザン』
『マグマアフレイド』
 雷撃と灼熱の炎がヴァトラスを襲う。ハヤトは剣を振り落とした。
 翼を持った龍の波動が雷撃と炎を無力化する。閃光の刀身が、赤熱に燃え上がる。
「お前らが! お前らが! お前らがぁぁぁああああああっ!」
 振り落とされる剣。無数の波動が放たれ、破壊神を襲う。
 瞬間、漆黒の鎧を纏い、堕天使を思わせる破壊神がヴァトラスの攻撃を防ぐ。
 ルナルク・ゼオライマーだ。二体の破壊神が安堵する。
『すまない、ルナルク・ゼオライマー』
『礼は良い。今は退く。このまま《霊王》と戦えば、確実に我々は滅ぶ』
『御意』
 破壊神が姿を消す。ハヤトはそれを追いかけようとした。
 ヴァトラスが漆黒の翼を黄金に包まれた翼へ戻し、青い瞳を得る。
(空間を使って逃げた。もはや、追う事はできぬ)
「追え! マサトの為にも! 全世界を救う為にも!」
(落ち着くのだ、《神王》よ! 怒りに身を任せての戦いは、己を滅ぼすだけだ!)
 ヴァトラスの言葉に、ハヤトがうな垂れる。唇を強く噛み締めた。
 小さな嗚咽を漏らし、涙を流す。
「……くそっ……くそっ……くそぉぉぉおおおおおおっ!」

 聖戦が、またハヤトの大切な人を奪って行った……。



 第三章 斬の心、獣の心

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