第五章 邪神王


「ほらほら、回収急ぐぞ! 回収次第、急いで修理に取り掛かるからな!」
 戦艦イシュザルトの格納庫で、アランは嫌そうな顔をしつつも霊戦機の回収作業を行う。
 整備が終わって万全な状態だった機体が、すぐに壊れて回収と言うのは嘆かわしい。
 アリサが走ってアランの元へ寄る。
「アラン、マサトさんは!?」
「姉ちゃん、離れてろ! まだヴァトラスは回収してねぇ――――って、おい!?」
 霊戦機を回収する中、その隣から左腕を失ったヴァトラスが通り過ぎる。
 辺りに震動を響かせつつ着陸するヴァトラス。コクピットの中から声が聞こえた。
『……た……また守れなかった……!』
 その声に、ヴァトラスが小さな唸りを上げる。
『……何が《霊王》だ……! 何が全世界を救う王だッ! 一人……大切な人すら守れないのにッ!』
 ヴァトラスのコクピットの中で、ハヤトは耐えられなかった。
 自分の過去に乗り越える事はできたかもしれない。しかし、大切な人を失うのは辛すぎる。
 ハヤトがコクピット内を殴る。アリサは急いでヴァトラスの元へ走る。
 その時、アランがアリサの腕を掴んだ。
「危ねぇぜ、姉ちゃん!」
「私が行かないと駄目なの。アラン」
「……だからって、ヴァトラスが突然動いたりしたら……!」
「大丈夫。ね?」
 アリサが微笑み、アランの手を放す。そしてヴァトラスに近づいた。
 ヴァトラスは全く動く気配がなく、アリサが近づいたのを分かったのか、自分からコクピットを開いた。
 アリサを手の平に乗せ、コクピットまで連れて行く。
「ありがとう、ヴァトラス」
 ヴァトラスが唸りを上げる。アリサはコクピット内を覗いた。
 悲しみを背負った人の姿。それは、『マサト』と言う人間ではなかった。
 アリサの瞳に涙が浮かび上がる。ようやく会えた大切な人を前に。
「ハヤトさん……」
「……マサトは……マサトはッ……!」
 ハヤトはアリサに気づかずコクピットを殴り続ける。アリサはそれを制した。
 ハヤトを優しく抱きしめ、少しでも落ち着かせる。
「ハヤトさん……」
「……くそっ……くそっ……くそぉぉぉ……」
 アリサに抱きしめられたまま、ハヤトは涙を流した。



 ハヤトの霊力と戦闘数値を見つつ、シュウハとコトネは驚いていた。
 霊力は、今は5000で維持。戦闘時は計測不能だったと言う事は当然の結果だ。
 しかし、戦闘数値は、怒りの"覚醒(=スペリオール)"とは言え、その強さは計り知れていない。
 これがもし、本当の"覚醒"となれば、ハヤトは本当の意味で強くなる。
「どうやら、霊戦機を動かす事に関しては素質があるようだね」
「ええ。しかし、これでは"支配"している感じです。"聖域(=ゾーン)"を使っているだけに過ぎません」
「アルトシステムを制御する為、か?」
 霊戦機ヴァトラスにだけ搭載された最強を追い求めるヴァトラスの自我。
 そのシステムと操者が力を一つにすれば、ヴァトラスは真の強さを得る事ができる。
 しかし、今のハヤトはアルトシステムを制御している。
「ハヤトはまだ強くなる。それは、ハヤトの中に眠る力だけではなく、アルトシステムと力を一つにする事で。
 正直、ここまで強くなるとは思ってもいませんでした」
「……ハヤトの中に眠る力、か。シュウハ、これからの戦いで、ハヤトは本当に大丈夫だと思うか?」
「大丈夫でしょう。アリサさんとの想いがある限り、ハヤトは戦えるはず」
 二人の想いは、例え、どんな事があっても引き裂かれる事はない。
 それは、怒りの"覚醒"で我を失ったハヤトを鎮めるほど、アリサの想いが強いからだ。
 コトネが霊戦機操者全員の戦闘数値を眺める。
「強さは並程度ってところだね。『進化』した霊戦機は三体か」
「戦力的に申し分はありません。問題は、破壊神でしょう」
 圧倒的な強さを誇る存在。全てを滅ぼす力を持っているのは間違いないだろう。
 奴らを倒すには、まだ何か強い力を得る必要がある。
「《神の竜》と《神の獅子》を復活させる必要があります」
「あの二体か……正直、文献に残ってるだけで、どこに封印されているのか分からないんだろ?」
「ええ。しかし、急いだ方が良いでしょう。怨霊機の手に渡る前に」



 イシュザルトの訓練室。そこで、ハヤトは敵を睨みつけた。
 アランによって入手した破壊神のデータを元に、簡易的だがシミュレートする。
「朱雀明神剣ッ!」
 剣を振るい、無数の竜巻を生み出す。そして、瞬間的に剣を振り上げた。
「メテオ・オブ・シャインッ!」
 赤熱に輝く剣。破壊神が無数の竜巻を無力化すると同時に放つ。
 破壊神の動きに隙ができたところで、ハヤトは目を見開いた。
 手に持つ訓練用の剣を投げ捨て、右手に光り輝く剣を生み出す。その時、翼が生えた。
 赤熱の翼。ハヤトが霊力で生み出した翼。
 光り輝く剣を上段に構え、敵を鋭く捉える。
「闇鳳凰ッ、光翼斬ッ!」
 破壊神が赤熱の翼に包まれ、光り輝く剣が両断する。それは一瞬だった。
 シミュレートが終わり、ハヤトは一息つく。
「敵の動きは読める……けれど、これが奴らの本気じゃないはずだ……!」
 まだ倒せるほどの強さが得られない。動きに無駄な部分が多い。
 それは自分が良く知っている事だ。今のままでは、破壊神を倒す事はできない。
 光り輝く剣を戻し、左手から赤熱の槍を生み出した。
 神の槍グーングニル。なぜか記憶に存在している神の三大武具の一つ。
「解放と封印を司る槍……この槍が、なぜ存在しているのかは知らないが……」
 シミュレートを再開させ、ハヤトが神の槍を強く握る。
「俺は、もう大切な人を失ったりはしない!」
 神の槍が赤熱に輝く。



 格納庫、ジャフェイルは《斬魔》へ進化した霊戦機を見ていた。
「まさか、私の次の代で『進化』と言うものをするとはな」
 これがもし、自分の代で『進化』していたなら、あの時の仲間達を救えたのだろうか。
 いや、過去の事だ。あの時の過ちを繰り返さない為にも、霊戦機の称号を研究する必要がある。
『進化』を遂げた三体の霊戦機のデータを調べる。そこへ、アランもやって来た。
「なるほど、称号だけではなく、その長所の性能も飛躍的に上がっているわけか」
「そうそう。しかも、武装が増えたり、他の性能が上がったり」
 特に注目されたのがヴィクトリアスだった。
 性能は当然の事、機動性が増し、どの今まで以上に攻撃を特化された機体となっている。
「にしても、あの破壊神ってのは強過ぎだろ……」
「《霊王》の力を引き出しても勝てぬ存在、か。一度、私の方で調べておこう」



 ハヤトの姿を見つけて、アリサはすぐに彼に近寄った。
 ようやく会えた大切な人。ハヤトは神の槍を手にしたまま、アリサに気づく。
「ハヤトさん」
「アリサ……ごめんな、また約束守れなくて」
 その言葉に、アリサは首を横に振る。
「いいえ。……落ち着きましたか? その、マサトさんの事……」
「……ああ。それに、マサトのお蔭で、霊力を使える事ができるようになったし、母さんにも会えた」
「お母様、ですか?」
「うん。母さんに全て聞いたよ。俺が、自分だけで霊力を制御できるようになるまでの事を。
 そして、親父や母さんが辛い思いをした事も。あのじじいが、俺の事を道具としてみていなかった事も」
「そうですか……」
 ハヤトが神の槍を天井へ掲げる。赤熱の槍は、少しずつ光を増していった。
 アリサがその光をじっと見つめる。ハヤトは神の槍に力を加えながら言う。
「……俺は、まだ自分の中にある力に気づいていない。そして、まだ分からない事が多い。
 どうして、ネセリパーラにいるアリサの声が聞こえたのか、まだ分からないんだ」
「私は分かります」
 ハヤトの神の槍を持つ手を握り、アリサが微笑む。
「私にも、ハヤトさんの声が聞こえました。そして、ハヤトさんの温もりを感じました。
 想いが私達を繋いでいる。それが、私達にお互いの温もりを感じさせたんです」
「想いが俺達を繋いでいる、か。アリサらしい考え……いや、そうかもしれない」
「かもしれない、じゃないです。そうなんです」
「そうだな」
 互いを見つめ、そして、二人は唇を静かに重ねた。



 王都アルフォリーゼの街中で、ロバートは後輩のレファードと共に店を見ていた。
 しかし、ネセリパーラの言語が分からない為、文字が全く読めない。
「……そう言えば、どうして僕達はこっちの世界の言葉が喋れるんですか?」
「霊戦機の作用だそうだ。霊戦機は地球、ネセリパーラに関係せず、操者を選ぶからな」
 霊戦機によって、地球から異世界に召還されてしまった場合、言葉が通じなければ意味がない。
 その為か、霊戦機操者として選ばれた人間には、自然に異世界の言葉を使う事ができる。
「しかし、言葉が喋れても字が読めないんだったら、街中歩けないな……」
「そうですね……勉強しないといけないですし」
「だったら、あたし達が案内してあげよっか?」
 後ろから声をかけられる。戦艦イシュザルトで聞き覚えのある声だ。
 ショートカットに切り揃えられている同じ顔の少女二人がいる。
 ロバートとレファードは首を捻った。
「誰だ?」
「誰、ですか……?」
「……あんた達ね、一緒に戦う仲間の名前くらい覚えなさいよ」
「いや、そもそも名前も聞いていないと思うのだが……」
 ロバートの意外な一言。それを聞いて少女――――リューナは怒りに震えていた。
「リューナ・シュレント・フェルナイル! それで、こっちが妹のルーナよ!」
「あ、双子の妹のルーナです」
「それで、一体何の用だ?」
「……あんた、ぶん殴っても良い?」
 低い声で拳を強く握り締めるリューナ。ルーナはそんなリューナを止めた。
 ロバートは頭の上に「?」を浮かべているようだった。ほとんど話を聞いていない。
 レファードがふと疑問に思う。
「あの、シュレントって言うのも、やっぱり何かを意味するんですか?」
 シュクラッツは科学者。アルカーナは魔導士。それぞれ、名前と性の間に入れられた言葉には意味がある。
 ルーナがその質問に答える。
「シュレントは貴族の意味です。ただ、昔の言葉で、今ではあまり使われていませんけれど」
「貴族、か。つまり、金持ちと言う訳か?」
「そう言う事になりますね」
「じゃあ、先輩と同じですね。先輩の家は、とても裕福なんですよ」
 盛り上がる四人だった。



 戦艦イシュザルトでは、人工知能イシュザルトが怨霊機の反応を捉えた。
 煙草を銜えていたコトネが、隣で眼鏡を拭いている男の耳を引っ張る。
「出番のようだね。ほら、行くよ」
「いやはや、耳を引っ張らないでください」
 どこかやる気のないシュウハ。コトネは彼に力が込められた一撃を与える。
 その時、格納庫から機体が一体だけ見えた。霊戦機ヴァトラスだ。
 左腕を失い、剣がない状態で動いている。通信機から声が聞こえた。
『兄貴、無茶だ! まだ完全に回復してねぇんだぞ!?』
『それでも戦う。それに、ヴァトラスが何かを感じているんだ』
 ハヤトとアランの声だった。コトネが少しだけ笑みを溢す。
 マサトを失って、ハヤトは立ち直れないだろうと思っていたが、どうやら違ったようだ。
 通信を切り、コトネは煙草の煙をシュウハに当てた。
「煙を私に吹きかけないでください」
「ハヤトに任せてみるか。あいつがどれだけの前を向けるようになったか、見る時だね」
「いやはや、あとはヴァトラスとの同調ですか。まぁ、気長に見守ります」
「とりあえず、あんたはブレーダーに乗って待機してな」
 シュウハを蹴り飛ばす。



 左腕を失っているとは言え、ヴァトラスは戦う意志を示していた。
 ハヤトがヴァトラスを見上げる。
「戦えるのか?」
(大丈夫だ。左腕をやられているが、戦う事はできるぞ、主よ)
「そうか。頼む」
 右手を差し出し、ヴァトラスがハヤトをコクピットへ導く。
 ヴァトラスからは、なぜだかマサトの温もりが感じられた。ハヤトは目を瞑る。
「……マサト、力を貸してくれ」
 手元の球体を強く握る。ハヤトの霊力に反応し、ヴァトラスが動き出した。
 足元に人がいないか確認しつつ、少しずつ歩く。その時、格納庫が開いた。
 どうやら、ブリッジにいる従姉が出撃を許可してくれたようだ。
 ヴァトラスの肩を、一機の霊戦機が掴む。四足歩行型の霊戦機であるペガスジャーノン。
「あらあら、私もご一緒してよろしいでしょうか?」
「……あんたは……確か、澪さんだったな?」
「ええ。ペガスジャーノンも戦うと申していますので」
「じゃあ、力を貸してくれ」
「はい」



 その怨霊機は、ただイシュザルトを目指していた。
 悪魔の翼に、全身を漆黒で纏われている怨霊機。その瞳は血のように紅い。
『くくく……くははははははっ!』
 何が可笑しいのか、彼は高々と笑いを上げる。
 もうすぐで戦える。《神王》と呼ばれる力を持った人間と。
 怨霊機が唸りを上げる。彼がそれに反応して霊力を集中した。
 額に称号が浮かび上がる。その怨霊機が持つ称号が。
『貴様の力を得て、俺は全てにおいて最強の存在となる! 全て俺の物にしてみせる!』
 闇に染まる力が、静かに溢れ出ていた。
 その怨霊機の後ろから、《漆龍》の怨霊機はついてきていた。
『……早くも、こいつ自らが動くとは……』
『進化』を果たした怨霊機の頂点に立つ存在が動く。それは、普通ならば大きな出来事だろう。
 しかし、こいつは好戦的な方だ。これでもダリルセム国の大戦力を一気に削っている。
 その力はどの怨霊機と比べても差が大きい。同じ怨霊機とは思えない。
『……一体、こいつは何を考えている……!?』
 仲間でもそう思うのだった。



 イシュザルトの甲板に立った時、ヴァトラスの中でハヤトは感じた。
 とても強大な闇の力を。破壊神の時とは違う力で、純粋な闇に溢れた力。
「……純粋な闇の力……。俺にとって"本当の相手"か……!」
 光の鳥に教えられた。《神王》にとって最大の宿敵の事を。
「なぁ、ヴァトラス。どうしてお前にアルトシステムなんてものが搭載されているんだ?」
(…………)
「黙るなよ。教えてくれ、お前がヴァトラス=ウィーガルトと強い絆で結ばれていたなら」
 初代《霊王》の頃から存在していたアルトシステム。
 光の鳥が見せてくれた伝説の中に、ヴァトラス=ウィーガルトの戦いはなかった。
 ヴァトラスは何も答えてくれない。ハヤトはやや困った顔をして霊力を集中した。
 隣に立つペガスジャーノンも剣を構える。
「反応は二体。澪さん、気をつけて」
「あらあら。あなたもお気をつけくださいね」
 間延びした口調で答える澪。その時、ハヤトは全身の熱さに気づいた。
 燃え盛る炎がヴァトラスの右手に現れ、次第に形を構築していく。
 赤熱に光り輝く神の槍グーングニルだ。
「グーングニル……? なぜ、神の槍が?」
 神の槍が光り輝き、ハヤトに力を与えていく。
 力の封印と解放の力を持つ槍によって、ハヤトは自分の中から溢れ出てくる温かい力を感じた。
 アリサから伝わってくる温もりと同じ力が自然とヴァトラスの傷ついた全身を修復していく。
 治癒の霊力だ。元々の力が神の槍によって解放され、ヴァトラスに注がれたのだ。
 ハヤトは驚く。神の槍の力がこれほど凄いと言う事、自分の治癒の霊力はここまで高かったと言う事に。
「……全回復、か?」
「ペガスジャーノンも強い力で溢れていますねぇ、あらあら」
 澪の言葉を聞いて、さらに驚く。治癒の霊力は、どうやらヴァトラスだけに注がれたわけではない。
 そうなると、他の霊戦機も修復されたかもしれない。好都合だ。
 今向かって来ている怨霊機は強い。自分だけでどうにかなるのかも分からない。
 また、他の怨霊機が動き出した時に、すぐに対応できる。
 ハヤトは神の槍を戻し、霊力を再び右手に集中させてみた。光が集い、剣が形成されていく。
「あらあら?」
「太陽の剣ガイアカイザー。俺の霊力を具現化させて作る剣」
 霊力の具現化。それは、過去の《霊王》だった人間が一度試して成功させたものだ。
 具現化を行う人間よって個人差があり、自分専用の武器を作る。
 ハヤトは剣しか考えていなかった。今の自分に合う戦いができるのが、剣しかないから。
「一度具現化すれば、霊力の消費を考えないで済む。でも、やっぱり、ちゃんとした剣が欲しいな」
 正直な気持ちだった。霊力の具現化は、集中する時間がある為、前もって具現化を行う必要がある。
 それを考えると、やはり普通の剣の方が良い。
 ヴァトラスが唸りを上げ、目の前を睨みつけた。
「……来たか」
 迫り来る機影が見え、ハヤトは剣を構えた。
 瞬間、悪魔の翼を持った怨霊機が波動を放ってきた。ハヤトは目を見開きつつ、素早く剣を振るう。
「青龍破靭斬ッ!」
 翼を持つ龍の波動を放つ。怨霊機の波動と正面衝突して相殺した。
 悪魔の翼を持つ怨霊機が、静かにヴァトラスを睨みつけ、操者がハヤトに牙を向ける。
『貴様が《神王》か。対した力を持っているな!』
「お前は?」
『黒鋼雷魔。テメェの敵《邪王》で、全てを手に入れる者だ!』
 怨霊機が右手に闇の光を集め、剣を形成する。
 霊力の具現化だった。ハヤトが握り締める剣に霊力を集中させる。
 赤熱に刀身が燃え上がったまま、額に《神王》の称号が浮かび上がった。
 雷魔も剣に霊力を込め、漆黒の光を輝かせる。
「お前も霊力を具現化させる事が出来るなんてな。けれど、俺は負けるわけにはいかない!」
『怨霊機サタンデザイアの餌食にしてくれる!』
 両者が互いを鋭く睨む。
「メテオ・オブ・シャインッ!」
『ダァァァクインペイラッ!』
 放たれる無数の赤熱の波動と漆黒の獅子の姿をした波動。
 激しくぶつかり、そして相殺する。力の差は互角だった。
 しかし、ハヤトは奥歯を噛み締める。相手は、まだ本気じゃないと分かっているから。
「朱雀明神剣ッ!」
 無数の竜巻が怨霊機サタンデザイアに襲い掛かる。



 ハヤトが戦っている中、澪はほのぼのと《漆龍》と向き合っていた。
「あらあら。あなたが私のお相手を?」
『そのようだな。すぐに消し去ってくれる!』
 敵が額に《漆龍》の称号を浮かび上がらせる。
『ドラゴニック・ブロウッ!』
(甘く見るな。操者よ、少し身勝手に行動させてもらう)
《漆龍》が空を舞い、漆黒を全身に纏って突撃してくる。ペガスジャーノンは素早く避けた。
 残像を生み出しながら、怨霊機を相手に右腕のボーガンを構えた。
(覚悟しろ、怨霊機!)
 連射する。それも、一点を狙って。
 ペガスジャーノンの操者でもある澪は、「あらあら」とほのぼのしていた。
 怨霊機が翼で攻撃を防ぎ、ペガスジャーノンに反撃する。
『ドラゴン・ヘルブレスッ!』
「あらあら、これはどうでしょうか?」
(何?)
 澪が少しだけ霊力を加える。額に《天馬》の称号が浮かび上がり、ペガスジャーノンが驚く。
 こうも簡単に操作を支配させられた。澪が少しだけ微笑み、敵の動きを読み取る。
 怨霊機が炎を吹く。ペガスジャーノンが残像を生み出しながら避けた。
 剣の持ち手をボーガンの銃口にはめ込み、力を込める。
「では、お願いします」
(……うむ。天馬波動斬!)
 剣から天馬の姿をした波動が放たれた。



 雷魔が少しずつ力を出し始めた。ハヤトは舌打ちしつつ、サタンデザイアの攻撃を避ける。
 強い。ただそれだけだった。技と言う技を繰り出しているが、全て相殺される。
『どうした? 貴様はその程度か!』
「くっ……飛閃裂空斬ッ!」
 剣が弧を描き、下段から斬り上げる。真空の刃が怨霊機に襲い掛かる。
 しかし、サタンデザイアは剣で打ち消した。
「……攻撃が通用しない。どうする? このままだと……」
(アルトシステム……)
「……?」
(アルトシステム……)
「……使えって言うのか? けれど、俺にはマサトみたいに扱える自信がない」
"聖域(=ゾーン)"と呼ばれる領域に入ってアルトシステムを抑える事は出来ても、力を引き出す事は出来ない。
 ヴァトラスが静かに語りかけてきた。
(アルトシステムは、ヴァトラス・ウィーガルトが私と共に戦う証だと言った……)
「証……?」
(私も意思があり、平和の為に戦っている。だから、ヴァトラス・ウィーガルトは証だと言った……)
「そうか……そう、だよな。アルトシステムは、お前の意思なんだ。俺が抑えちゃ駄目なんだ……!」
"聖域"などと言うもので抑えられては、ヴァトラスは本来の力を引き出せない。
 二人の力を合わせる事。それが、本当のヴァトラスの力だ。
 ハヤトはヴァトラスに残っているマサトの力を感じる。答えはすぐに見つかっている。
 ヴァトラスを自分に合わせるのではない。自分がヴァトラスに合わせる。
 それが、本当の強さだ。
「ヴァトラス、行くぞ!」
 身を低くし、サタンデザイアに接近する。腹部に手を当て、力を込めた。
「聖霊破ッ!」
 放たれる波動が直撃し、サタンデザイアが吹き飛ぶ。ハヤトは少しだけ微笑んだ。
 ヴァトラスとの一心同体。今までとは動きが違っていた。
 間違いなく動きが良い。ヴァトラスの強さが引き出されている。
 雷魔が鋭い眼光を向け、咆哮を上げる。
『ダァァァクディスグレイザァァァァァァッ!』
「聖霊天掌破ッ!」
 放たれる漆黒の龍の波動と青い巨大な波動。激しいぶつかりを続け、ハヤトがその間に動いた。
 光の刃が伸び、霊力で生み出された赤熱の翼が神々しく羽ばたく。
「闇鳳凰光翼斬ッ!」
 赤熱の翼がサタンデザイアを包み、光の刃が切り刻む。



《漆龍》を相手に、零は「あらあら」と言葉を続けながら避けるだけだった。
 しかし、敵に致命的なダメージを与えられない。ペガスジャーノンの攻撃力が元々低い為だった。
 怨霊機が全身に漆黒を纏う。
『攻撃を避けても、所詮は弱い攻撃しか出来ない霊戦機か』
(何……!)
『《天馬》など、俺でも倒せると言う意味だ。ドラゴニック・ブロウッ!』
 怨霊機がペガスジャーノンに襲い掛かる。そして、ペガスジャーノンを見事貫いた。
《漆龍》の操者が目を見開かせる。手応えが全くなかった。
 確かに貫いたはずだが、まだ破壊できたか自信がない。
(甘く見るなと言ったはずだ。俺は、お前如きに負ける事などない!)
 瞬間、怨霊機の喉元に剣を向ける霊戦機の姿が現れた。
 背中には戦闘機のような翼があり、四足歩行型だったはずの脚部が二足歩行型になっている。
(ようやく、俺も『進化』できた。風を切り裂き、天を舞う天馬。《神馬》の霊戦機ペガスヴァイザーだ!)
「あらあら、今までで一番の動きですねぇ」
 操者の澪はいつもと変わらない。ペガスヴァイザーが幾つもの分身を生み出し、怨霊機の目を眩ませる。
(残像ならぬ残影と言ったところか。操者よ、俺はお前の力となろう。動かせ)
「あらあら、私の出番ですねぇ」
『ふざけた事を! ドラゴニック・ブロウッ!』
 突撃してくる《漆龍》。ペガスヴァイザーの残影を消していくが、全く無意味だった。
 残影が怨霊機を囲む。全ての残影が本物と同じように剣の持ち手をボーガンの銃口にはめ込み、力を込める。
「私達の勝ちですね。あらあら」
(神馬波動乱舞!)
 ペガスヴァイザーと、生み出された残影が波動を同時に放った。



 イシュザルトのブリッジ。二人の戦闘を見つつ、コトネは少しだけ安心の笑みを浮かべていた。
《神馬》への『進化』は意外だったが、ハヤトの強さは予想以上だ。
 いや、まだ強くなる。今は、ようやく本当の力を引き出しているだけに過ぎない。
「……全く、一時はどうなるかと思って、とりあえず心配したけど、大丈夫だね」
『いやはや。身華光剣術の究極の太刀とは、やりますね』
 格納庫のブレーダーに乗っているシュウハが言う。
『今のハヤトなら、十分に祖父を相手にしても勝てます』
「いいや、あのじいさんには、まだ勝てないよ。なにせ、あれは人間じゃない」
『いやはや、それを言うと……』
 武術と言う武術を極め、七十歳と言う高年齢でありながら、身体年齢は十代を超える男。
 そして、最強の『無の太刀』を持っている獣蔵に勝つには、まだ差が大きいだろう。
 祖父曰く、「わしはあと百三十年生きるのじゃ」と。
「あのじいさん、二百まで生きて何をする気だろうね?」
『何も考えていないだけでは?』
「多分ね。シュウハ、もうしばらく様子を見るよ。そのまま待機してな」
『分かりました』
 用心には心がけておく。今のままなら有利だが、どこか違和感がある。
 少なくとも、ハヤトが戦っている相手は、まだ半分も力を出していないはずだ。
「……ハヤト、負けるんじゃないよ」



《神王》と《邪王》の力がぶつかり合いつつ、ハヤトはヴァトラスとの呼吸を合わせていった。
 そして、強大な一撃が雷魔へ繰り出された時、ハヤトは全ての力を引き出せたのだ。
「……ヴァトラスの動きが良い。今までの中で一番……これが強さなんだ……!」
 ヴァトラスから伝わってくる鼓動。アルトシステムが搭載されていたのは、この鼓動を掴む事。
 機体と一つになる事で、その真の力を引き出す。それが、ヴァトラス・ウィーガルトの強さだ。
 雷魔が歯を噛み締め、怒りに満ちた瞳でハヤトを睨む。
『この俺に傷を……この俺に傷をぉぉぉおおおおおおっ!』
 サタンデザイアが漆黒の光を全身から発する。ハヤトは後退した。
 いや、ヴァトラスが自らの意思で動いた。目の前から感じる強い力に対して。
「どうした?」
(退く。このままでは、負けるぞ)
「退くって……ここで退いたら、アルフォリーゼ国の人達が殺されるんだぞ! もう誰も死なせたら駄目だ!」
 ヴァトラスに剣を構えさせる。ここで逃げると言う事は、皆を裏切る事になる。
 守らなければならない。自分の後ろにはアリサがいる。
『うぉぉぉおおおおおおっ!』
 悪魔の翼が堕天の翼へ瞬時に変わり、全身が血のように紅い赤熱と化す鎧に纏われる。
 胸の中心に真っ赤に染まった地球のレリーフが刻まれ、そこにサタンデザイアの姿がなかった。
 闇に染まった神。そう言っても可笑しくはない存在。
 ハヤトの中で何かが熱くなる。何かが鼓動を打つ。
「これ……は……!?」
(強い力を感じる……退け、主よ。このままでは、全世界の平和など望めない)
「逃げるわけには行かないって言っているだろ! 俺の後ろにはアリサが――――皆がいるんだ!」



 サタンデザイアの変貌に、コトネは煙草を捨てた。
「あれは……"覚醒"か!」
 信じられなかった。まさか、真の"覚醒"を使える奴がいるとは思わなかった。
 人工知能イシュザルトが、その戦闘数値を計測する。
『データ検出完了』
「……ハヤトが怒りの"覚醒"の時に戦った状態よりも高いね……シュウハ!」
『ええ。分かっています』
 通信機から聞こえるシュウハの返事。どうやら、シュウハも感じているらしい。
 今の《邪王》と呼ばれる存在には勝てない。まだ、"覚醒"ができないハヤトには無理だ。
「他の操者を呼び戻しな! このままじゃ、ネセリパーラが滅ぶぞ!」
 舌打ちしつつ、コトネはイシュザルトのブリッジで、ただその光景を見るしか出来なかった。



 雷魔は額にその称号を浮かび上がらせた。
 漆黒に染まる赤熱の獅子の称号。機体がヴァトラスを睨みつける。
『これが……《邪神王》だ。この世で最強の存在、ダークネス・ジハードだ!』
「《邪神王》……この感覚……俺は覚えているのか……!?」
 光の鳥との出会いから、時折思い出される記憶がある。しかし、ハヤトはそれを知らない。
 正確に言えば、光の鳥の記憶が宿っていると言えば良いのだろう。
 ハヤトは《邪神王》へと強さを得た雷魔を睨む
『本気を出せ! その時が貴様の力を手に入れる時だからなぁ!』
「くっ……俺はここで負けられない……!」

 最強の存在の前に、ハヤトは剣を手に挑む――――



 第四章 悲しみと怒りと

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