ハヤトはヴァトラスのコクピットで思った。
自分の肩に顔を埋めている彼女──アリサの顔を見つめながら。
「あれは、何だったんだ…………?」
ヴァトラスの動きがはっきりと分かり、今まで以上に動かしやすかった。
そして、相手の行動が、手に取るように掴めた。
「アリサのお蔭かな…………」
もう一度、彼女の髪をそっと撫でる。アリサのお蔭で、怨霊機を撤退させる事が出来た。
戦っている時の負担も、彼女がいなかったら、きっと耐えられなかった。
後ろには、ヴァトラスで勝てるわけが無いほどの大きさの箱舟が浮いている。
「あれから、俺は出てきたんだよな…………?」
疑心暗鬼で、ハヤトは巨大な箱舟を見ていた。
「“聖域(=ゾーン)”。まさか、この目で見られるとは、思わなかったよ」
「それ以前に、その“聖域”には、誰か入った事があるのですか?」
深々と椅子に腰掛けるグラナに、ロフは訊いた。
「歴史上、分かっているのは、二代目《霊王》が入ったらしい」
「他には?」
「知らん」
即答する。そもそも、“聖域”自体の存在は、あまり知らされていない。
究極の集中力を持ち、動きを読む事が出来る“神の領域”は、人間にとって未知の領域なのだ。
グラナは目の前に差し出されていたコーヒーを一口飲んだ。
「ロフ、操者をここへ。全てを話す」
「了解しました」
ロフは頷いた。
アランは苦戦していた。目の前に置かれている霊力機に。
資材が無いと言う理由で、役立たずな機体である。
「くっそー!馬鹿野郎ー!」
何が馬鹿野郎かは知らないが、アランはスパナを手にした。
「う………ううん…………?」
彼女は目を覚ました。見慣れた風景。
あまり慣れない匂いから、そこは医務室だと分かった。
「…………?」
記憶があやふやだった。
彼の体の負担を軽くさせる為に、一緒に霊戦機に乗った。
しかし、そこから先は覚えていない。
「気がついた?」
隣から声が聞こえた。聞き慣れた声。友人の声。
ミーナがそこに座っていた。
「ミーナ……さん…………?」
「大丈夫?相当、戦闘の負担があったけど?」
「はい…………」
ミーナから話を聞くと、どうやら自分は戦闘中に気を失ったらしい。
彼の体に負担をかけさせないようにと、サポートしていたからだった。
「ハヤトさんは…………?」
「今、艦長の所。多分、この世界の事とか話してるんじゃないかな?」
「他の皆さんは…………?」
「リューナとルーナは、ハヤトの付き添いとか言って一緒だったけど、多分、自分の部屋じゃないかな?
アルス達は、霊力機の所」
そして、ミーナはアリサの看病、と。アリサは少し不満そうな顔だった。
最後までサポートしていたかったのに、結局は、役に立たなかったから。
ハヤトはイシュザルトのブリッジにいた。
「グラナ・エルナイド。この戦艦イシュザルトの艦長だ」
「ハヤト。神崎勇人」
巨大な箱舟──イシュザルトに入るように言われ、そのままハヤトは言う事を聞いていた。
戦闘の負担を全て背負い、意識を失ったアリサの事が気になるが、ミーナ達に止められた。
なんでも「女の子が寝顔を見せる時は、恋人以上の関係」だとか。
「霊戦機に乗った感想は?」
「正直、分からない。色々と聞いたけど、霊力を消費するって事は分かった」
「そうかい。確かに、霊戦機の動力源は霊力だからね」
グラナはモニターに一つの戦闘を映し出した。
目の前に映るのは、霊戦機ヴァトラスと他に六機のロボットが戦っている映像。
「これは?」
「今から、五十一年前の戦いだ」
「この戦いって、そんなに長く続いているのか?」
「ああ。この世界が誕生してから、ずっとね」
ハヤトはモニターに釘付けだった。モニターに映るヴァトラスを見る。
自分の乗ったヴァトラスの動きとは全く違う。モニターの映っている方が確実に強い。
「この時、ヴァトラスに乗っていたのは、君のお祖父さんだ」
「じじいが!?」
ハヤトはグラナを見た。グラナは黙って頷く。
信じられるわけが無かった。あの楽天家のスケベじじいが、同じように戦っていた事に。
「あのじじいが、俺と同じように、ヴァトラスで戦った?」
「信じられないだろうけど、事実だ。
獣蔵は、君にとって祖父であり、全世界にとっては先代《霊王》だ」
「《霊王》?」
ハヤトは首を捻らせた。グラナは話を続ける。
「今から一五〇〇年前、この世界──君達の言う異世界ネセリパーラは誕生した。
地球よりも遥かに優れた科学と共にね」
「地球よりも優れた科学?じゃあ、あの荒れた地は?」
「ネセリパーラ人の犯した罪だ。機械に頼り、草木は全て刈り取られた。
この世界の酸素とかは、全て機械都市が作り出している。
「機械都市…………」
地球とは全く次元の違っていた。
そもそも、異世界などと言うものが、存在している事すら、信じられなかったのに。
「そして、怨霊機が生まれた。世界を闇に覆う存在《覇王》と共に」
「…………」
「ネセリパーラの人間は、絶望を抱いていた。その時に、時空の歪みで現われた人物が────」
「初代《霊王》」
ハヤトの言葉に、グラナは頷いた。
「そう。初代《霊王》ヴァトラス・ウィーガルト」
「ヴァトラス・ウィーガルト…………」
「ヴァトラスは、怨霊機と戦うと言う決意を抱いた。そして、誕生したのが、霊戦機だ。
七機の霊戦機には、それぞれ違う力と称号を持っている」
「七機?」
「他の六機は、前の戦いで怨霊機に破壊され、力を奪われたんだ」
グラナの言葉を聞き、ハヤトは分かった。
ヴァトラスが、戦う時に放つ言葉は、仲間の為に。
他の霊戦機の心を取り戻して欲しいからだった。
「ちょっと待て。まさか、俺も《霊王》だと言うのか?」
「ああ。ヴァトラスに乗れるのは、《霊王》だけだからね」
「でも、俺には王なんて向かない」
「《霊王》は、人の上に立つ存在じゃない。全世界を救う為の存在だ」
グラナは察していた。ハヤトの考えている王と言う立場を。
ハヤトはそれを聞いて思わず苦笑する。
リューナは不満そうな顔で紅茶を飲んでいた。
ハヤトに付き添いで艦長の元へ行ったのだが、見事に追い出されたからだ。
「なにも、追い出す事はないのに!」
「リューナ、別に良いじゃない。それに、私達も聞いてる話だと思うし」
一緒の部屋で、焼いたクッキーを手に取り、双子の妹ルーナが言う。
「そう言う事じゃないわよ!あたしは、ハヤトと一緒に居たいだけ!」
リューナはムッとした表情で答える。
ルーナはハヤト、と言う名前にわずかに反応していた。
「ルーナも一緒でしょ、考えてる事」
「そ、そんな事…………」
「だったら、どうして顔が赤いわけ?」
リューナは、わざとらしく言ってみた。ルーナは真っ赤な顔でうつむく。
「ほんと、今日はついてないわね、あたし達」
「私とリューナ、一緒にしないでよ…………」
ルーナは聞こえないほどの小さな声で呟いた。
「あ、まだ寝てなきゃ駄目だからね。ハヤトにそう言われてるから」
「え…………?」
起き上がろうとしたアリサは、本を読んでいたミーナの一言に止まった。
ハヤトを探しに行こうと思ったのだが、逆に彼は自分の事を気遣っていた。
「それに、まだ話中だと思うし」
「そうですね」
素直にベッドの中に戻る。
「アリサ、ハヤトの事、どれ位好きなの?」
「え…………!?」
「だって、普通、あんなところで『私も一緒に戦います』なんて言えないわよ。
相当、好きなんでしょ?」
ミーナの言葉に、アリサは小さく頷く。ミーナは本を机の上に置いた。
「そうかぁ。でも、今頃恋するなんて変よ?アリサって、案外、人気あるのに」
「そんな………ミーナさん達には及びません…………」
「悲観的ね。なんだか、アリサがハヤトに一目惚れする理由が何となく分かった気がする」
ミーナは小さな言葉を吐いた。
イシュザルトは、王都アルフォリーゼの中心部に着陸した。
グラナの話によれば、中心は当然の事、それを仕切る人間が住んでいる宮殿がある。
「俺は、何をすれば良いんだ?」
「まあ、適当にヴァトラスに乗った事を話せば良い。それに、宮殿には、今、彼がいるし」
「彼?」
「会ってみれば、分かるさ」
グラナは軽く答えた。
霊力機────それは、アランが対怨霊機と言う事で開発した機体。
霊戦機同様、人間の霊力を使い、戦う。
「よっしゃ、資材が揃えば、あとは大丈夫だ!」
アランはガッツポーズを取った。目の前に置かれた資材を目の前にして。
そして、王都に置かれている霊力機も、一機だけ回ってきた。
「あとは……ふふふふふふ〜♪」
何かを企んでいるアランだった。
ハヤトは気の抜けたような感じだった。
陛下と言う人物に会ったのは良いが、先代《巨神》と言う霊戦機操者の息子だった。
しかも、まるで自分の事のように、父親の事ばかりを話す。
「なんだかな…………」
溜め息をつく。それも深々と。
「気にしなくて良いぞ。陛下は、元々ああ言うお方だから」
「だからって、父親の事ばかり自慢するか…………?」
気休めを言ってくれたロフに訊く。
ロフは、軽く唸ると煙草を取り出した。
「確かに、あれは重症かもな。しかし、お前にもあるだろう?父親の事とか」
「親父は、七年前から行方不明だ」
即答され、ロフは煙草を吐き捨ててしまった。次の一本を取り出す。
「それに、元々から、親父には虐待受けてたし。全く知らないんだ、親父の事」
「悪い事を訊いてしまったな」
「良いんだよ。俺には、まだ家族はいるから」
「何人だ?」
「一人。そう、妹だけさ」
どうやら、彼は先代《霊王》である祖父には、良い印象を持っていないようだ。
そう言えば、艦長に聞いた事がある。《霊王》代々に伝わる剣術の事を。
「それで、ここは?」
「ああ、艦長が、陛下の話が終わったら来いと行っていた場所だ」
ハヤトは、その言葉を聞いて、溜め息をついた。
あの陛下と言う人物の話の時に、なぜかグラナの姿は無かった。
理由は簡単。そう、逃げたのだ。
「おや、どうやら終わったようだね」
「グラナは陛下の話を聞かなくても、知っているからな。当然、この私もだが」
一緒にいたのは、白いひげを清潔にしている老人だった。
「私は、ジャフェイル・シュクラッツ・オードニード。元霊戦機操者《武神》だ」
「ちょっと待てよ、ヴァトラスを除く六機の霊戦機は、死んだんじゃないのか?」
「霊戦機はね。けれど、操者の何人かは生きていた。
私と元《星凰》。そして、元《霊王》────君の祖父である獣蔵がね」
「それでも、たったの三人…………」
グラナが霊戦機操者じゃない事は、本人から聞いている。
グラナは、少し困った顔をしていた。
「主力である霊戦機は、ヴァトラスのみ。霊力機の性能向上として、何か無いか?」
「ヴァトラスのアルトシステムを取り入れれば、戦力にはなるだろうな。
しかし、操者が問題になる。そうなれば、やはり新型を作るしかない」
ジャフェイルの言う事は確かだった。霊力機では、怨霊機に勝てない。
アルトシステムを積めば、性能が霊戦機並みに上昇するだろうが、操作に問題が出る。
「他に霊戦機が破壊されなかったら、良かったんだろうがね」
「生きてるよ、あいつは」
ジャフェイルは呟いた。グラナが彼の顔を見る。
「あいつは────ヴィクダートは生きている。この宮殿の地下にな」
「今まで、黙っていたと言うのかい?」
「そうだ。どちらにせよ、操者をまだ選んでいない」
霊戦機の操者は、霊戦機自身が決める。それが、霊戦機の存在を黙っている理由だった。
操者が決まっていなければ、まだ霊戦機の操者は、ジャフェイルである。
「私に戦う気はない」
「なぜだよ?」
ハヤトは訊いた。
「私には、戦う勇気が無いのだよ。君と違ってね」
「戦う勇気って、そんなの…………」
「関係あるさ。精神波は、霊戦機の動きに影響する。
今の私が戦えば、ヴィクダートは確実に力を失って死んでしまう」
ジャフェイルは、その悲しげな目で、ハヤトを見ていた。
「戦う勇気、か…………」
イシュザルトの格納庫で、ハヤトはヴァトラスのコクピットにいた。
ジャフェイルの目は、悲しみに満ちていた。まるで、昔の自分を見ているようだった。
「ヴァトラス、お前は、どうしたら良いと思う?」
なんとなく、訊いてみる。しかし、答えは無かった。
ヴァトラスは、何かに反応すれば、必ず直接頭に話しかけてくる。
それは、やはり怨霊機が現れた時だけなのだろうか?
「《武神》の霊戦機ヴィクダート…………」
(霊戦機の誓い…………)
「────!」
頭に直接話しかけてきた。
(霊戦機の誓い……それは不変の誓い…………)
「一体、どう言う意味だ?」
(……敵が、来た)
答えは返ってこなかったが、怨霊機が現れた。
「艦長は?」
「まだ、宮殿かと…………」
ブリッジで、ロフは考え込んだ。
グラナは、まだジャフェイルと話しているようだ。
「副長、どうしますか?」
「……仕方ない。艦長が戻るまで、俺の指示で動いてくれ。
イシュザルト、怨霊機のデータ検出を!」
『データ検出。《黒炎》の怨霊機と判断』
イシュザルトの言葉に、ロフは苦笑した。
アランに通信を取ると、霊力機は出撃できると言う。
『けど、宮殿の空で戦ったら、ヤバイんじゃねえのか?』
「責任は、俺が取る。すぐに、全員出撃させてくれ」
『了解』
アランは返答し、通信を切った。
ヴァトラスが、また何かを助けて欲しいと言い出した。
今度は《炎獣》。どうやら、今回の敵は強そうに思える。
「《炎獣》か…………」
(霊戦機の誓いは、不変の伝説)
「分かってる。けれど、その話は後だ」
さっきから、ヴァトラスはこの言葉しか伝えてこなかった。
霊戦機の誓い。それは、一体何なのだろうか分からない。けれど、今は────。
「今は、目の前の敵を倒すだけだ」
ヴァトラスが、その機械的な翼を羽ばたかせ、空を舞った。
アリサは格納庫へ急いだ。
ハヤトにとって、連戦だと判断したからだ。まだ負担が掛かってもおかしくない。
「姉ちゃん、何しに来たんだよ!?」
「ハヤトさんは!?」
「ああ、さっき出撃したぞ。それより、ここは危険だぞ!」
アランの言葉に、アリサは立っているだけだった。
連戦で、まだ体の負担は全部消えていない。
「ハヤトさん…………」
アリサは、手を祈るように合わせ、空を見上げた。
重武装の怨霊機は、静かに宮殿を見ていた。
まだ破壊されていない霊戦機の反応が、宮殿にある事を知っているからだ。
『この反応は、どうやら《武神》か。そして、後ろからは《霊王》が来るか』
操者は落ち着いた表情で、ただ宮殿を見ていた。
「集中すれば、倒せる」
敵を睨みつけ、その研ぎ澄ませた集中力を発揮する。
神の領域“聖域”が、アルトシステムの動きと敵の動きを読む。
「よし…………!」
ヴァトラスの瞳が光り、剣が振り落とされた。かまいたちが、敵を襲う。
重武装の怨霊機は、違う方向を見ている。これなら、絶対に直撃だと思った。
そう、後ろに、もう一機怨霊機がいる事に気づいていない時までは。
「もう一機だと!?イシュザルト、データ検出を急げ!」
『了解』
イシュザルトは、すぐに演算機能を生かし、データの検出に入る。
「副長、ヴァトラス、損傷23%ですが、操者に相当な負担があります」
「当たり前だ!操者にとっては連戦だ、負担が大きいのは仕方ない!」
ロフは油断している自分に苛立ちを抱いた。
状況を上手く把握できていなかった。艦長ならば、きっと、こんなミスは無い。
『データ検出完了。《邪風》の怨霊機と判断』
「よりにもよって、《邪風》か…………。アラン、霊力機は?」
『まだだ。まだ整備が終わってない。あと五分ほど時間くれ!』
「三分で何とかしろ!」
怒鳴り返し、通信を切る。しかし、霊力機で応戦しても、勝てるはずが無い。
特に《邪風》の怨霊機は、範囲の大きい攻撃を仕掛けてくる事の方が大きい。
艦長は、まだ戻る気配は無い。
「こうなれば、イシュザルト浮上だ!すぐにヴァトラスを応戦する!」
ロフの判断は、正しかった。
「くっ、後ろにいたのか…………!」
体に激痛が走る。相当の負担が、どうやらかかっていた。
ヴァトラスの損傷も、少しある。
「ヴァトラス、何か方法はないか?」
(ヴァトラスバースト…………)
すぐに、頭に直接伝わってきた。言われたまま、握る球体に力を込める。
背中から銃を取り出し、ヴァトラスが構えた。
「ヴァトラスバースト……つまり、射撃か…………!」
ヴァトラスバーストを構えたまま、ヴァトラスは翼の生えた怨霊機の動きを伺う。
ハヤトは研ぎ澄まされた集中を生かし、狙いを定めた。
動きを読んで撃つ。一筋の光が、怨霊機を捉えた。
「よし、やれる…………!」
もう一度構える。感覚は覚えた。
翼の生えた怨霊機は、その翼を大きく羽ばたかせた。風が、ヴァトラスを襲う。
装甲が切り刻まれる。風は、かまいたちの集合体だった。
「くっ、この!」
一筋の光を撃つ。今度は外れた。
相手の動きに、ヴァトラスが追いついていない。
「ぐあっ!?」
後ろから不意打ちを受けた。重武装の怨霊機が、無傷の状態で、漆黒の炎を纏っている。
翼の生えた怨霊機に攻撃される前に、攻撃したはずだ。
しかし、相手は確かに無傷。後ろからの攻撃を避けたとでも言うのか。
『霊力は、800で維持か。しかし、操者としては未熟』
重武装の操者は、ヴァトラスを見下した。その赤い瞳に、ヴァトラスが映る。
『《霊王》と言うから、どれほどの力を持っているかと思えば、所詮はその程度か』
「くっ…………!」
ハヤトは唇を噛み締めた。激痛を堪え、剣を構える。
ヴァトラスはさっきから、「《星凰》と《炎獣》」と言っている。
「……この…………!」
ヴァトラスが剣を振るう。力の無い太刀筋は、重武装の怨霊機の前に散った。
後ろからは翼の生えた怨霊機が、かまいたちの集合体を放つ。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
ハヤトの体に、激痛が走った。
「苦戦してるね…………」
「怨霊機が二体だからな。無理もない」
グラナとジャフェイルは、ヴァトラスの戦いを見ていた。
霊力機は出撃していない。まだ整備中なのであろう。
「ジャフェイル、この状況を見て、まだ逃げるかい?」
「……ああ。ヴィクダートを死なせるわけにはいかない」
ジャフェイルは、断固、戦う事を選ばない。
「それに、獣蔵の孫ならば、怨霊機の二体など、敵ではない」
「孫だから。そんなのは関係ない。それだったら、アランは、今頃凄い操者になっている」
「《星凰》か…………。しかし、《霊王》には、比じゃないほどに弱い」
いや、正直なところは、獣蔵が単に強すぎたのだ。
武術と言う武術を全て極めている獣蔵は、操者としてもその力を発揮した。
神の領域“聖域”こそ入れなかったが、それでも強さは異常だった。
「彼は、“聖域”に入った人間なのだろう。ならば、大丈夫さ」
「この状況で、どこが大丈夫だと言うんだい、ジャフェイル!」
グラナは、ついに怒鳴った。
「今、ジャフェイルが戦わなければ、確実に彼は死ぬ。そうなると、全世界は滅ぶ。
忘れたのかい、《霊王》が全ての“鍵”だと言う事を」
「忘れてはいない。《霊王》が“鍵”であり、最強の戦士だと言う事は」
「だったら、なぜ戦おうとしない!?」
「力が、無いのだよ、私には」
ジャフェイルは、小さく呟いた。グラナは静かにジャフェイルを見ていた。
「五十一年前の戦いが終わってから、霊力は歳を取ると同時に失われていった。
今では、ただの科学者だ。戦おうにも、戦う力が無い」
戦う勇気が無いと言うのは、ただ、霊戦機を動かす為の霊力が無いから。
いくら、戦おうとする勢いがあっても、霊力が無ければ、霊戦機を動かす事はできない。
「私だって、戦えるのならば、戦うさ。しかし、霊力が無い今、どう戦う?」
「……確かにね。しかし、だったら、なぜヴィクダートを隠していた?」
「簡単な事だ。ヴィクダートの操者は、今のところ私だ。
それを知れば、私は確実に科学者から、再び戦士になる。霊力の持たない戦士として」
「ジャフェイル…………」
ロフは頭を抱えた。応戦しても、無意味に近い。
霊力機は、まだ整備中。このままでは、彼を死なせてしまう。
「主砲、か…………」
ふと、主砲形態になる為の起動スイッチの方に目を向けた。
主砲ならば、怨霊機を倒せるほどの威力を持っている。しかし、被害が大きい。
出力を10%に抑えて撃ったとしても、王都の八割が被害に遭ってしまうだろう。
「ヴァトラス、損傷率80%を超えました!副長、このままでは…………!」
「多連装ビームキャノン、怨霊機に当りません!」
「くっ…………」
ロフの額に、汗が浮かび上がっていた。
アランは急いで整備していた。
霊力機を出撃させても、怨霊機に勝てるかどうか分からない。
しかし、少しはヴァトラスにとって楽になれるはずだ。
「あと少し。仕上げるぞ、お前ら!」
アランは整備員に叫ぶと、霊力機のデータを全て調べた。
「ハヤトさんっ」
姉の声に反応し、モニターを見る。ヴァトラスの装甲は切り刻まれている。
今は、ただ浮いているだけと言った状態。危険すぎる。
「チッ、このままじゃ、ヴァトラスが破壊されるじゃねえか!」
体に激痛が走る。体が思い通りに動こうとしない。
ハヤトは、ヴァトラスのコクピットの中で、今にも意識を失いそうだった。
「……くっ…………」
二体の怨霊機は、静かにこちらを見ている。どうやら、止めを刺す気だ。
「……死ぬのか……俺…………」
ハヤトは、ただ時が流れるのを待つだけだった。
「ここままじゃ、《霊王》は……全世界は…………」
グラナは、目を細くした。ジャフェイルは、自分の手の平を見た。
五十一年前、愛機と共に戦った手。しかし、今は老いぼれた手だった。
「ヴィクダート、私は、どうすれば良い…………?」
戦おうにも、戦える力が無い。それが悔しかった。
このまま、彼を見殺しにはできない。そう、五十一年前の光景を戻してはならない。
その時、宮殿の地下から、眩しいほどの光が発せられた。
『霊力感知。数値303』
「303?基準数値を超えている……場所は?」
『宮殿の地下。霊力の反応』
ロフは驚いた。まさか、宮殿の地下からだとは。
しかも、高い霊力。もしかすると、霊戦機なのかもしれない。
「総員、もう少し粘るぞ!」
ロフは、賭けに出た。もう一機の霊戦機に、全てを託した。
ヴァトラスが何かを言っている。
(誓いの時が来た…………)
何なのか、分からなかった。けれど、すぐに理解した。
力を感じる。とても心強い力。
「これは…………?」
宮殿の方から、力を感じる事に気づいた。そして、それは目の前に現れた。
眩しいほどの光を放っている機体。左肩に盾を装備し、巨大な剣が目立つ。
その機体の答えを、ヴァトラスは教えてくれた。
霊戦機ヴィクダート────《武神》の力を秘めた霊戦機の事を。
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