第五章 ヴァトラスの声


 怨霊機。それは、人の憎悪や欲望と言った感情より生まれし脅威。
 そして、その力を持って全世界を己の物とする《覇王》。
「親父!何で……何でてめぇが!?」
 間違いなかった。この懐かしいような……憎く許せない感覚。
 神崎凌駕――――それが、父の名であり、《覇王》として俺の目の前に立っている。
『それは私の台詞だ。本来、お前は“《覇王》として、この世界に来る”はずだったのだからな!』
 その言葉を聞いた瞬間、本当に自分が“化け物”のように思えた。



 グラナは舌打ちした。まさか、彼の霊力属性の意味が、こんな事とは。
 一五〇〇年前より戦いを繰り返してきた《霊王》と《覇王》。
 その両者の血を引く人間こそ、今、目の前で《覇王》と対峙する彼なのだ。
「……通信を開きなさい。コードはG−44e」
「艦長、そのコードは――――」
 ロフはグラナを見た。グラナは軽く頷く。
「ああ。“地球に住む《霊王》だった男の家”のコードだ」
『なんじゃ?』
 グラナが軽く頷いて、すぐに通信は繋がった。
 地球で言う“電話回線”とかで、相手の顔は分からないが、声で分かる。
「久しぶり……と言いたいところだけど、前に一度電話したからね」
『おお、グラナか。それで、どうした?』
 電話の向こうで『ふぉっふぉっふぉっ』と笑う声がしている。
 地球に住む《霊王》だった男――――神崎獣蔵。神崎勇人の祖父に当る人物。
 そして、今まで“死”を覚悟で戦い、生き延びた戦士。
『ハヤトは元気かぁ?』
「ええ。“普通に戦っていればね”。答えなさい、ジュウゾウ」
『なんじゃ?』
「知っていたのでしょう、彼が《霊王》と《覇王》の血を引く人間だと言う事を」
 しばし、沈黙が訪れる。電話の向こうの獣蔵が、先程までと違った雰囲気で答えた。
『……そうじゃ。わしの孫じゃからな、当然じゃろう』
「そう……今、彼は連戦で体力を奪われた上に、《邪風》にまで選ばれたせいで、激痛に苦しんでいる。
 そして、彼が今戦おうとしている相手は、《覇王》よ」
『何?』
「しかも、彼の口から『親父』と聞こえたのは気のせい?」
 グラナは獣蔵を問い詰めていた。獣蔵は黙らずに、訊き返す。
『奴が……凌駕がネセリパーラにおるのか?』
「リョウガ?」
『《覇王》の――――ハヤトの父親の名じゃ』
「ええ。彼から感じる霊力からは、間違いないかしらね」
 再び、沈黙が訪れる。グラナは《霊王》として戦う彼を見た。
 モニター越しだが、わずかにヴァトラスの動きが鈍い。
 あれから五十年は経っているものの、まだ感じる事が出来るようだ。
 霊戦機の――――七つの心の“声”が。
『……ハヤトの様子は?』
「少しだけ焦りと怒り、そして憎しみが感じられる。ヴァトラスからは、怒りをね」
『勝てると思うか?』
「厳しいわね。ヴァトラスと“心を通い合わせている”ならば、互角かもしれない」
 その言葉を聞いて、獣蔵は『そうか』と深刻そうな声で返した。
 確かに、今の彼が勝てるかどうかは厳しいものがある。むしろ、負けるだろう。
 ヴァトラスと心を通い合わせていても、今の不安定な精神では、勝ち目などない。
『……ハヤトに一言伝えてくれぬか?』
 獣蔵が少しだけ間をおいて、話しかけた。グラナは「どうぞ」と返す。
『“すまない”。それだけを伝えてくれ』
「ああ。ジュウゾウ、後悔しているかい?」
『分からん。じゃが……少なくとも責任は感じとる』
「そう…………」
 そして、獣蔵は電話を切った。本人は『電話代が勿体無い』と言っていたが、違うだろう。
 グラナは分かっていた。獣蔵が己の孫に何一つ出来ない事で、罪悪感を抱いている事に。



 父との再会。それは、絶対にしたくなかった。
 確かに、俺が物心覚えるまでは、厳しくそれでいて優しい人だったと母から聞いている。
 病気で苦しみ、亡くなる寸前の母から――――。
「……俺が……《覇王》…………?」
『そうだ。この全世界を手に入れる力を持つ存在、《覇王》だ』
「俺が……全てを手に入れる…………?」
 今まで何も聞かされていなかった。《霊王》の事や《覇王》の事を。
 そして、異世界と言う、知らない世界で果てしなく続く戦いがある事を。
 当然だった。俺は、誰にも愛されていなかったのだから。
 幼い頃から頭が良かった。中学の頃から、大学の問題なんて余裕だった。
 しかも、祖父に剣術をやらされていた事から、運動能力も天才的。
 もし、この世の中に“神”と言うのが存在するのなら、俺は神を憎むだろう。
 こんな“化け物”と呼ばれるだけの才能を俺に与えた神を。
『何も聞かされていないようだな、その様子では』
 親父が訊いて来る。答えは、その通りだった。
 俺が知っているのは、ただ“目の前に立つ親父が許せない”と言う事。
 そして、俺を“化け物と呼ぶ人間”達が憎いと言う事だけだ。
『《霊王》として選ばれたのも、やはり宿命。どうやら、戦う運命にあるようだな』
「そう……かもな…………」
 ヴァトラスは何も教えてくれない。誰も教えてくれない。
 気づけば、剣を強く握り締めて、ヴァトラスが吼えていた。
「ヴァトラス…………?」
 目の前に立つライバルに怒りを抱いているのだろうか?
 いや、この咆哮はどこか“悲しそう”だった。
 ヴァトラスは悲しんでいる。“この終わらない戦い”に対して、悲しい気持ちなのだ。
「終わらせ……たいよな?」
 訊いてみる。ヴァトラスは咆哮を上げるだけ。
 けれど、なんとなく聞こえた。「終わらせたい」と言う声が。
「……そう、か。だったら、早く終わらせようぜ、ヴァトラス!」
 悲しいのは――――辛いのは俺だけじゃない。ヴァトラスも同じなんだ。
 そして、こいつも今は、俺と同じ“独り”なんだ。
「俺は、絶対にあんたを倒す!」
『ほう。どうやら、戦う気だな』
「ああ。《霊王》や《覇王》なんて関係ない。これは、俺とあんたの問題だからな!」
『その意気だ、ハヤト』
「あんたにハヤトなんて呼ばれる筋合いはない!」



 なぜか、悲しかった。医療室で一人泣いていた。
 彼が苦しんでいる時に、何もしてあげられなかった。ただ、見ているだけだった。
 悲しみで胸が一杯だった。なぜだろう、彼の事ばかり考えてしまう。
「……私は…………」
 嗚咽混じりの声が、医療室に響いた。
「私は……私は…………」
 何も出来ない。彼の前から消えたい気持ちだった。
 これ以上、彼の事を考えないように、消えたかった。



「こりゃ……ヤバイよな…………?」
 医療室に取り付けている隠しカメラを見ながら、アランは汗を額に浮かべた。
 このままだと、確実に俺の首は危ない。そう言わんばかりに、顔が青ざめていく。
「どうするよ?」
 なんとなく、自分自身に問う。しかし、当然答えは返ってくるわけがない。
 アランは目の前に立つ壊れた霊力機を蹴り飛ばした。



 ヴァトラスが剣を手にして駆ける。その動きは、いつもより鈍い。
 けれど、父・凌駕は感じていた。ハヤトから発せられる霊力に。
『生まれつき計測不能だった霊力を、少しずつ解放できているようだな』
「いくぞぉ、親父ぃぃぃ!」
 ヴァトラスがハヤトの霊力を感じて瞬時に空を舞う。
 ヴァトラスの手にしている剣が、素早い動作で横に構えられ、ハヤトは霊力を集中した。
「玄武正伝掌ッ!」
 抜刀される剣から、一閃の巨大なかまいたちが放たれる。
 その迫り来るかまいたちを前に、凌駕は余裕の笑みだった。
『身華光剣、一閃空裂斬!』
 素早く剣を抜刀する。ハヤトの放ったかまいたちもかなり小さいかまいたちが放たれた。
 そして、すぐに剣を地面に何度も叩きつける。
『白虎地裂撃!』
 叩きつけられた地面から、衝撃波がハヤトに向かって駆け出す。
 ハヤトは見切っていた。凌駕の攻撃が。
「朱雀爆輪剣!」
 空を舞い、素早く剣を無数に振るう。空気と剣の摩擦が、炎を生み出した。
 そして、炎がかまいたちとなり凌駕へ迫る。
 瞬間、凌駕は静かに空へ舞った。ハヤトと同じ位の高さまで、宙に浮かぶ。
『さすがは、身華光剣術の跡を継ぐ人間だな、ハヤト』
「…………」
 ハヤトは少し唖然とした。こうも父だった人間に攻撃を見破られているとは。
 確かに、父もこの剣術を使う人間。しかし、行方不明だった時に、この剣術を使うわけがない。
『お前の攻撃は、全て見切れる』
「何!?」
『お前は、やはりまだ未熟かもしれないな。動きが読めると言ったのだ』
 凌駕が剣を天へ掲げる。怨霊機の周りを、漆黒の霧が覆う。
 ハヤトは何かを察するかのように警戒していた。
『見せてやろう。これが、《覇王》の力だと言う事を』
 漆黒の霧が、瞬時に剣へ集った。恐ろしい何かが、背筋を凍りつかせる。
 剣が漆黒の閃光の刀身を伸ばし、振り下ろされた。
『覇王滅殺斬ッ!』
 漆黒の剣がヴァトラスへ振り落とされる。ヴァトラスが悲鳴を上げた。
 反射的に避けたが、右腕は切断され、遠くへ吹き飛ばされている。
 ハヤトは動けなかった。目の前から感じる恐怖から、動く事が出来なかった。
「ヴァト……ラス…………?」
 ヴァトラスが悲鳴を上げている。右腕を切断され、怖いのだろうか。
 怨霊機が近づいてくる。ハヤトは歯を強く噛み締めた。
 集中し、その未知なる領域へ入る。神の領域と呼ばれる“聖域”へ。
 ヴァトラスに搭載されている最強を追い求めるシステム、アルトシステムが起動した。
(集中すれば良い。そうすれば、勝てる!)
 背中から銃が左腕に装備される。ヴァトラスの持つ唯一の遠距離武器、ヴァトラスバースト。
 照準を定め、撃つ。一発だけでなく、数発も連射する。



 ヴィレクダートが立ち上がろうとする。《霊王》の危機を感じたからだ。
 ロバートもまた、霊力を込める。
(我の――――我らの役目は《霊王》と共に全世界を救う事)
「ああ。そして、守る事」
 ヴィレクダートの心が、なんとなくだが分かっていた。
 今までにない感覚。とても安心できて、力が漲っている。
「力を貸してくれ、ヴィレクダート」
 額が自然に、その青い光を放つ。双剣を手にする騎士の称号――――《武神》の称号だ。
 ロバートには、《武神》の心の“声”が聞こえている。
「全世界を救いたい」その願いを込めた声が聞こえる。



「ヴィレクダート、霊力値上昇!」
「どうやら、聞こえるようだね、《武神》の声が」
 グラナは感じた。ヴィレクダートが《霊王》を――――全世界を救いたいと叫んでいる。
 そして、操者はそれに応えている。
「霊戦機の力、ですか?」
「ああ。七機の霊戦機には、それぞれ異なる力を持っている。
 そして、その力を引き出す時、怨霊機に匹敵するほどの爆発的な強さに変わるんだ」
「それが、“解放”と呼ばれるものですね」
 霊戦機の秘めた力を全て引き出した時、怨霊機を上回る力が操者に与えられる。
 それが“解放”であり、霊戦機の本来の力なのだ。



 ヴァトラスバーストが炸裂する中、ハヤトは激痛に苦しんだ。
 右手と額が疼く。まるで自分のものじゃないかのように。
「…………っ」
 ヴァトラスがヴァトラスバーストを背中に戻した。
 操者であるハヤトの事を思ったのかどうかは分からない。しかし、ヴァトラスの意思だ。
 激痛が、さらに激しさを増す。
「ああああああ――――ッ!」
 声にならないほどの痛みになるほど、体が激痛に襲われた。
 目の前で凌駕はにやり、と笑った。怨霊機には傷などない。
『《霊王》だけでなく、怨霊機にも選ばれたと言うわけか、ハヤト』
「――――ッ!」
 答える事が出来ない。体の激痛が拒んでいる。
 凌駕は鼻で笑い、そしてハヤトに言葉を発した。
『お前に面白いものを見せてやろう。そう、怨霊機ヴァイザウレスをな』
 空が漆黒へと変わる。その漆黒から、闇が舞い降りた。
 翼を持つ怨霊機。スカイダースとは違って、悪魔と呼べる姿をしている。
『ハヤト、この怨霊機には、お前の知っている人間が操者となっている』
 凌駕は静かに告げた。



「怨霊機ヴァイザウレス!?イシュザルト、データは!?」
『データ検出不能。該当データなし』
 ロフの言葉にイシュザルトが答えた。
 グラナは舌打ちする。決して在りえないと思っていた。
「怨霊機も進化している……獣蔵の頃には、あの怨霊機は存在していない」
「艦長、《霊王》の精神波が“怒り”を示しています」
「それは分かっている。ヴァトラスを通じて、聞こえている」



 凌駕が静かに告げる。
『この怨霊機の操者は、お前の知っている人間だ』
「…………?」
『そう。彼女――――サエコだ』
「――――!」
 凌駕の言葉を聞いた瞬間、ハヤトは声にならない叫びを上げた。
 ヴァトラスがそれに応える。唸りを上げて、凌駕の乗る怨霊機へ殴りかかる。
『愚かな』
 剣が静かに振り落とされた。しかし、ヴァトラスは軽やかに避ける。
 避けた瞬間を狙い、ヴァトラスが怨霊機の顔面を捉え、殴った。
 よろける様子などない。ただ殴られただけと言う感覚で、怨霊機は立っている。
『ほう。ここまで動けるか、まだ』
「よそ見は止めておくんだな」
 ヴィクダートが双剣を手にし、雷と炎を走らせている。
 その額には《武神》の称号が光り輝いていた。
「くらえ!」
 雷と炎の走った剣が振り落とされる。凌駕は素早い動作で避けた。
 ヴィレクダートの動きを見つつ、顔をにやつかせる。
『霊戦機の力を引き出しているのか。しかし、《覇王》には勝てぬ!』
 凌駕の乗る怨霊機の胸にある悪魔の瞳が静かに光を発する。
 その血のように紅い光は、ヴィレクダートを照らしていた。
『受けるが良い。覇王爆砕破!』
 悪魔の瞳から、無数の紅い閃光が放たれる。
 ロバートは左肩から盾を取り、構えた。紅い閃光がヴィレクダートの全身を射抜く。
 防御など、全くの無意味だった。
「くっ…………!」
『所詮、《霊王》以外の霊戦機では、いくら力を引き出しても無駄だ』
 漆黒の剣が空へと掲げられる。
『これで、終わりにしようではないか』
「――――力を貸せぇ、ヴァトラスゥゥゥゥゥゥッ!」
 瞬間、ハヤトが叫びを上げた。今までにない力が感じられる。



 怨霊機ヴァイザウレスと呼ばれた機体に、サエコが乗っていると聞いた瞬間、何かが揺れた。
 なにか、また失いそうな感覚。そして、サエコを怨霊機に乗せた父への憎しみ。
 ハヤトは絶叫した。ヴァトラスがそれに応じて唸りを上げる。
(貴様ぁぁぁぁぁぁあああっ!)
 渾身の思いで殴りつける。しかし、効果はない。
 ヴァトラスは、殴りつけた反動で軽く吹き飛ばされ、怨霊機から距離を取った。
 助けたい、本気でそう思った。
 彼女を――――初めて好きになった人を助けたい。
 力が欲しい。父を超えるような力が。
「……くれよ…………」
 両手の青い球体を強く握り、ハヤトは歯を食いしばった。
「……力を……貸してくれよ…………おい…………」
 父を倒したい。サエコを助けたい。
 なによりも、自分自身の為にも、勝ちたい。
「力を……力を貸せぇ、ヴァトラスゥゥゥゥゥゥッ!」
 霊力が――――連戦でほとんど消耗していた体に秘められた無限の霊力が引き出される。
 ヴァトラスは唸りを上げ、ハヤトに応じた。全身から眩しいほどの光を発する。



「お、おい、どうなってんだよ、こりゃぁ!?」
 アランは目の前で起動しようとしている怨霊機スカイダースを見た。
 何かに反応している。いや、こいつに選ばれたハヤトに反応している。
「これじゃイシュザルトが危険だ!婆ちゃん、格納庫を開けてくれ!」
 通信機を起動させ、ブリッジへ繋げる。
「格納庫を開けてくれ!このままじゃ、イシュザルトが危険すぎる!」
『仕方ないか。格納庫を開ける。アラン、あとは任せたよ』
「おうよ!」
 通信を切り、アランは格納庫が開くのを待った。
 格納庫が開いた瞬間を狙って、怨霊機を強制射出する。
「一体、何が起きてるのか分かんねえけど、兄貴を救ってくれよ!」
 敵である怨霊機に、アランは願った。



 闇の中、彼女はいた。
 どこか怖い。そして、誰もいない闇の中、彼女は不安を抱いていた。
「どこ……ここ…………?」
 気づけば、闇の中だった。そして、目の前に何か映っている。
 四枚の機械的な翼を持ったロボットと、そのロボットの前に立ちはだかる黒いロボット。
 四枚の機械的な翼を持つロボットは、どこか悲しげで、怒りを持っている。
「この感覚って…………?」
 また、違う何かが見える。四枚の翼を持つロボットの内部のようだ。
 人が乗っている。小さい頃から、いつも見てきた大好きな男の子の姿がある。
「ハヤト…………?」
 そう思った。しかも、今のハヤトは昔のハヤトだ。
 あの頃まで独りだった――――人を憎んでいた頃のハヤトに戻っている。
「ダメ!ダメだよ、ハヤト!」
 叫ぶ。しかし、その言葉は伝わらない。
 サエコは、ハヤトに叫び続ける。ハヤトが、それに応えてくれるまで。



 凌駕は目を見開かせた。その信じられない光景を目の前にして。
 当然だった。なぜなら、霊戦機と怨霊機が互いを“共鳴”させているのだ。
『共鳴しているだと!?馬鹿な、そんな事が――――!?』
 あるわけがない。そう思ったが、一人だけ、可能に出来る男がいる。
 ハヤトだ。《霊王》と《覇王》の血を継ぐハヤトなら、こう言う事も可能だ。
 ヴァトラスとスカイダースが共鳴し、辺り一面を光で覆った。
 視界は全くない。何も見えない中、とてつもない力が感じられた。
『この力は…………!?』
 光が消えると、目の前に立っていた霊戦機ヴァトラスの姿が見える。
 しかし、怨霊機の姿が無い。ヴァトラスも、その姿を変えている。
 左頭部のみ神々しい角を持ち、六枚の翼を持つ胸に青い宝玉をはめた機体。
 その瞳は、右は赤く左は青い。まるで、光と闇の両方を持つかのように。
『まさか、融合したとでも言うのか!?』
「……ああ。こいつは――――ヴァトラスは生まれ変わったんだ!」
 ハヤトは静かに言葉を吐いた。
 右手が疼いていない。そして、激痛もない。
 ただ、額に浮かぶ《霊王》の称号が、とても優しい感じにさせる。
「待ってろ、すぐに助けてやる」
 両肩に砲台が装備される。狙いは、サエコの乗る怨霊機。
 究極の集中力“聖域”が、狙いを定めた。
「カイザーバスター!」
 閃光が放たれ、怨霊機へと向かう。
 怨霊機は素早く避けた。しかし、ヴァトラスの方が、動作が速い。
 剣を手に、ヴァトラスが怨霊機を睨んだ。
「はぁっ!」
 頭部を一閃し、吹き飛ばせる。怨霊機との融合によって再生している右腕が、胸を掴む。
 コクピットがある部分を霊力で探り、ハヤトはその部分を引きちぎった。
「よし…………!」
 あとは、父を倒すだけ。ハヤトは剣に霊力を集中した。
 ヴァトラスが教えてくれる。《霊王》本来の力を引き出した時に発動する技を。
 剣を空に掲げ、剣先に光の球体が宿る。その球体は、ハヤトの霊力により巨大化していく。
『その力、見せてもらうぞ、ハヤト!』
 凌駕も、胸の悪魔の瞳に霊力を集中させた。
 血のように紅い光が、静かにヴァトラスを睨む。
『滅べ、覇王爆砕破!』
「くらえ、霊王閃光破ッ!」
 悪魔の瞳から放たれた紅い閃光に対し、ハヤトは剣先の球体を放つ。
 巨大な閃光が紅い閃光と激しくぶつかり合う。



 ハヤトが叫びを上げた。それが、なぜか痛々しかった。
 昔の頃に戻っているハヤトの目。けれど、どこか優しかった。
「ハヤト…………」
 目の前に、四枚の翼を六枚の翼に変えたロボットが迫ってくる。
 ハヤトが、助けてくれる。そう思った。
「ハヤト……ありがとう…………」
 そう言った途端、彼女の意識は途絶えた。
 
 両者の力が爆発を生み、両者とも無傷だった。
 凌駕は静かに笑みをこぼし、ハヤトに言葉を発する。
『少しは、霊戦機の力を引き出せているか』
「…………」
 ハヤトは黙っていた。
『霊戦機ヴァトラスの力、見せてもらった』
「違う。こいつは、霊王霊戦機カイザーヴァトラスだ」
 ハヤトの言葉を聞き、凌駕は「くくく」と笑う。
 ハヤトは再び剣に霊力を集中し始めた。剣先に光の球体が宿る。
「これで、終わりだ、親父!」
『そうもいかないな。まだ、戦いは始まったばかりだ』
「何!?」
『いずれ、分かるだろう』
 漆黒の光が怨霊機を包み、姿を消す。ハヤトは歯を噛み締めた。
 まだ、今のままでは、あの父には勝てない事に悔やんだ。
「くそっ…………!」
 意識が薄れる。連戦と体を襲った激痛が、まだ残っている。
 ハヤトは、そのまま目を閉じた。



「ヴァトラスの声を、少しは聞けたようだね」
「艦長、早速、霊戦機の回収に入ります」
「ああ。あと、アランにヴァトラスを調べるように」
 グラナの言葉にロフは頷いた。
 イシュザルトが浮上し、ヴァトラスとヴィレクダートを回収し始める。
 ヴァトラスの右腕には、怨霊機から引きちぎったコクピットが抱えられている。



 アランは霊戦機の回収が終わると、すぐにヴァトラスを調べ始めた。
 融合により、新たな力を手にした霊戦機。これは興味深いものがある。
「ふっふっふっ。科学者の血が騒ぐぜ…………」
 にやりと笑い、アランはヴァトラスを見た。



 気づけば、イシュザルトの医療室だった。
 とは言え、この世界に来てからは、ずっと医療室だったような気がする。
「気がつきました?」
 アリサが、今にも泣きそうな顔でこちらを見ていた。
 ハヤトは体を起こし始める。
「ダメです。もう、体は限界なんです」
「……あいつは…………」
「え…………?」
「あいつは……サエコは…………!?」
 無理に立ち上がろうとするハヤト。アリサは静かに引きとめた。
「あいつは……あいつは…………」
「ヴァトラスの抱えていたコクピットの方なら、別室で休んでいます。
 だから、今はハヤトさんも…………」
 ハヤトは首を振る。アリサはハヤトを優しく抱きしめた。
 まるで赤子を優しく撫でるかのように、アリサは抱きしめる。
「大丈夫です。だから、ちゃんと休んでください。ね?」
「…………」
 ハヤトはそのまま目を閉じた。彼女の温もりが気持ち良かった。
 まるで、母親に抱きしめられているような感覚が、とても嬉しかった。
(好きな人が、ハヤトさんにはいる…………)
 痛々しかった。ハヤトの事ばかり考えてしまう。
 自分では役に立てない。彼が呼んでいたサエコと言う女性じゃなければ…………。
(私は……お邪魔ですよね…………)
 アリサは、一人涙を流していた。



 第四章 父と子、霊王と覇王

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