第六章 この想い、誰が為に


 あれは、忘れもしない中学一年生の時。



 いつものように学校へ行き、そして、独りでつまらない授業を聞いている時だった。
 クラスの人達は「二度と来るなよ」とか「テストの範囲が広くなるだろ」とか思っている。
 そんな時、担任の教師が授業中に息を切らして、教室に入ってきた。
「神崎!」
 そして、呼ばれる。
「はい」
「お前のお母さんが…………」
 その言葉を聞いた瞬間、すでに教室から出ていた。



 母は、昔から身体が弱く、病気を持っていたらしい。
 そして、一年前まで、母も俺の事を“化け物”として見ていた人間。
 しかし、母は俺が霊力を制御できるようになった時に、初めて抱きしめてくれた。
 泣いていた。母は「今まで辛かったね……ごめんね……ハヤト…………」と言った。
 俺は泣いた。初めて名前を呼んでくれて。初めて抱きしめてくれて。



 そんな母が、今、危篤状態だと知った。
 家に着くと、すぐに母が寝ている部屋へ駆け込む。妹の沙希が「お兄ちゃん!」と言って駆け寄る。
 母は、弱々しい目で俺を見ていた。
「ハ……ヤト…………」
「母さん、大丈夫なのか!?」
 母は「大丈夫……」と頷く。けれど、それは嘘だと分かった。
 霊力を感じると、もう手遅れに近い状態だった。
 母の手を握り、そして俺は今にも泣きそうな声で母に叫んでいた。
「母さん、死ぬなよ!母さん!」
「……ハヤト、ごめんね……今までお母さんらしい事してあげられなくて…………」
「何言ってんだよ!弱気にならないでくれよ!」
 死んで欲しくない。まだ、母に「ハヤト」と呼ばれて間もないのに、消えて欲しくない。
「……ごめんね……ごめんね…………」
「謝らないでくれよ!母さんは何も悪くない!」
 そう、悪いのは俺だ。天才と言う才能を持ち、計り知れない霊力を持って生まれた俺。
 全て話を聞いた。今まで母が取ってきた行動は、俺が霊力を制御できるようになる為だと言う事。
 その為に、祖父は母に俺と距離を置かせた事。
 母は、何も悪くない。悪いのは、俺なんだ。
「……沙希の事……頼むわね…………」
「母さん!?」
「……強く生きて……幸せになって…………ハヤト…………」
 母の手が冷たくなっていく。母は目を閉じたまま、何も喋ってはくれない。
 動いてくれない。分かったのは、母がもう、この世にはいないと言う事。
「母さん…………?」
 頬を涙が流れる。まだ認めたくなかった。
 けれど、目の前にある現実は、そうもいかなかった。
「……うあぁぁぁぁぁぁああああああああああああ…………っ!」
 その時、俺は初めて、思いっきり泣いた。
 初めて、大切な人を失った瞬間だった。



 母が死んで、すぐに神崎家で葬儀が行われた。
 俺は隣で泣いている妹の手を握っているだけだった。
 何人か、クラスの人達が来てくれたが、「面倒だな」とか「迷惑だ」と言う思いが伝わってくる。
「……泣くなよ……沙希…………」
 妹の頭を撫でつつ、俺は喋った。
「泣いたら、母さんが心配するだろ…………」
 涙を堪えていた。
「笑え、沙希。そうじゃないと……母さんが安心して天国に行けないだろ…………」
 妹を抱きしめ、俺は嗚咽混じりの声で喋った。
 もう限界だった。堪えていた涙が、頬を伝って流れていく。
「泣いたら……ダメだ……笑うんだ……沙希…………」
 そう言いつつ、俺も泣いていた。泣かずにはいられなかった。



 また、独りになった。学校に来ても、楽しくなかった。
 ほとんど休む事が多かった。どうせ、学校に行っても意味がないと思った。
 そんな中、あいつは心配して、いつも様子を見に来ていた。
「今日も学校休んでたね……」
 その頃は、まだ髪が長かった少女。幼馴染と言える立場にいた少女。
 それが、サエコだった。
「ねえ、ハヤトちゃん…………」
 そして、まだ「ハヤトちゃん」と呼ばれている頃でもあった。
 いつからか、聞かなくなった呼び名。今ではもう懐かしいくらいだ。
「どうして――――」
「帰れよ」
 サエコに対し、淡々と言葉を返した。
「え…………?」
「俺の事なんか心配するなよ。そもそも、幼馴染だからなんだよ?
 ただ、向かい合わせに住んでて、一緒の学校に行くだけの関係だろ」
「で、でも…………」
「帰れって言ってんだよ!どうせ、学校に行っても意味ないんだ!
 お前らと違って、俺は馬鹿じゃない。俺は誰よりも優秀な“化け物”だからな」
 そう、誰も認めてくれない“天才”でもあった。
 確かに、頭が良いのは、ある程度才能だったのかもしれない。
 けれど、勉強はしていた。自分に納得できるまで勉強していたからこそ、百点を取ってきた。
 祖父に剣術を教えてもらうついでに、運動神経も誰よりも負けないほどに至った。
 なのに、誰も認めてくれない。誰も、俺を人間として見ていない。
「帰れ。お前と話す暇なんか――――」
「馬鹿!」
 初めて、馬鹿って言われた瞬間だった。サエコの目には涙が浮かんでいる。
「馬鹿?」
「そうだよ!ハヤトちゃんは馬鹿だよ!化け物じゃない。私達と同じ人間だよ!
 皆より勉強できるのは、皆より運動ができるのは、全部ハヤトちゃんの努力でしょ!?
 私達と違うわけ無いじゃない!」
「……違うに決まってるだろ!だったら、どうして俺は独りなんだよ!?」
 怒鳴っていた。
「どんなに頑張っても、誰も認めてくれない!誰も俺の事を“化け物”以外に見ていない!
 それのどこか、お前らと同じだ!?」
「同じだよ!同じだもん……同じだもん…………!」
 サエコが俯く。長い髪で隠れた顔から、涙がぽつぽつと落ちている。
「それに……独りじゃないよ。私がいるよ。ハヤトちゃんには、私がいるよ…………」
 多分、それが初めて他人の事が気になった出来事。
 そして、サエコに惹かれていった出来事だったのかもしれない。



「う…………」
 視界一面に光が広がって眩しかった。
 ハヤトは見慣れた部屋の天井に気づくと、身体を起こした。
「あつっ…………」
 身体が痛い。連戦の疲れはまだ取れていなかった。
 今思えば凄いと思う。あそこまで無茶して、よく今まで生きてこられた事が。
 あれから――――親父との戦いが終わってから、一体、どれ位の時が経ったのだろう。
 覚えているのは、アリサにまた迷惑をかけてしまった事だった。
「謝らなきゃな…………」
「誰に謝るの?」
「そりゃ、アリサに――――って、サエコ!?」
 気づけば、隣に見慣れた顔があった。少し首を傾げてこちらを見ている。
 サエコは、微笑んでいた。
「ハヤト、まだ寝てなきゃダメだよ。聞いた話じゃ、まだ疲れが残ってるらしいから」
「……お前、この世界の事…………」
「聞いたよ。あと、私が怨霊機って言うロボットで、ハヤトを攻撃した事も…………」
 サエコは顔を俯かせた。
「ごめんね。私のせいでこんな事に…………」
「……お前のせいじゃない。これだけは、俺の責任だ」
 ハヤトは無理に身体を起こした。俯いているサエコの髪を触る。
 肩までの黒髪は、サラサラしていて、とてもくすぐったかった。
「この世界で起きている戦いは、俺の先祖からの問題なんだ。サエコが悪いんじゃない。
 悪いのは俺なんだよ。お前をこんな戦いに巻き込んだり、色々と誤解して…………」
「誤解?」
「ああ。あの時――――お前が、同じ学校の奴と一緒に下校していた時、気づけば馬鹿だったよ」
 サエコが顔を上げる。
「前々から、おばさんに聞かされていたんだ。お前が引っ越す事」
「え…………?」
「お前は、俺に教えないで、自分で解決させようと思っていたかもしれないけど、
 前々からお前の様子がおかしかったから、おばさんに聞いたんだ」
「そうだったんだ……」
「だから、謝るのは俺の方だ。……ごめんな、サエコ。俺、何も考えてなかった」
 その言葉に、サエコは首を振った。
 ハヤトの手を握り、目を見つめる。
「私の方こそ、ごめんね。ハヤトに一度も相談しないで…………」
「サエコ……」
「……まだ、私の事、好き?」
 サエコの意外な言葉。その言葉を聞いて、ハヤトは頬を赤らめた。
 いつ頃から、彼女はここまで大胆な事を言うようになったのかは覚えていない。
 しかし、少なくとも、ハヤトが影響している事は確かだった。
「ハヤト、顔が赤いよ?」
「当たり前だろ。そんな事聞かれるなんて思わなかった…………」
「照れてる〜」
「う、うるさい!」
 ハヤトの顔は紅潮し、サエコはくすくすと笑う。
「それで、どうなの?」
「……正直、分からない。けど、お前の事を助けたいって本気で思った」
「うん」
 サエコは微笑んだ。



 格納庫にあるアランの作った自室には、一つのモニターが取り付けられていた。
 そこに映るのは、医療室の風景。
 そう、アランはあらゆる所に小型カメラを取り付けているのだ。
「……このままじゃ、ヤバイ」
 なぜか焦るアラン。モニターには、ハヤトとサエコが手を握りっている。
 しかも、ハヤトの方は照れている。
 アランは頭を抱え込みだした。
「あぁ!どうすりゃ良いんだぁ!?」
 一人でもがくアランだった。



 ヴァトラスが怨霊機と融合し、新たな力を得た事で、グラナは疑問を抱いていた。
 なぜ、対となる存在の霊戦機と怨霊機が融合したのか。
 そして、融合した怨霊機がヴァトラスの力となったのかを。
「《霊王》の力か?」
 いや違う。もし、そうだとすれば、彼への負担は大きくなる。
「彼には、それ以外にも何かあるのか?」
 グラナは考えていた。



 リューナとル−ナは、二人揃って不機嫌だった。
 理由は簡単である。ハヤトが同じ地球人である女の子と仲が良いからだ。
 そもそも、以前は恋人関係だと知れば、気絶するだろうが。
「ルーナ、抜け駆けの前に、こんな事ってあり!?」
「私に八つ当たりは止めて」
「その前に、二人とも、アリサの気持ちを考えなさいよ」
 気づけばミーナが立っていた。
「どうしてよ?」
「あの子、最近様子が変なのよ」
「確かに。どこか悲しそうな雰囲気ですけれど…………」
「たまに悲観的になるけれど、今回は重症ね」
 そう言って、一人頷くミーナ。
「ここは、誰かが相談に乗るしかないわね」
「そうだろうけど。あたしは面倒だから、ミーナ、頑張ってね」
「私も賛成です」
 二人は、ミーナにそう告げて、逃げていった。



 アランはヴァトラスを調べていた。
 霊戦機と怨霊機の融合した機体。これは霊戦機と呼んで良いのか分からない。
 ヴィクダートのデータと照り合わせて見る。その性能の差は、歴然としていた。
「こんなんじゃ、怨霊機にも楽勝じゃねえのか……」
「いや、それでも、あの野郎には勝てない」
「兄貴!?」
 アランがそう呼ぶ。ハヤトは「誰が兄貴だよ」と苦笑した。
「あの野郎って、《覇王》の事か?」
「ああ。今のヴァトラスでも勝てるか分からない」
「一応霊戦機だろうな。兄貴がヴァトラスって呼んでいるし」
 適当に決断する。
「それよりも、アリサを見なかったか?」
「姉ちゃん?いや、見てねえぜ。何かあるのか?」
「いや……この頃避けられてるような気がしてな…………」
「ふ〜ん」とアランが頷く。ハヤトは軽くため息をついた。
 ふと、長い黒髪が見えた。イシュザルトで、長い黒髪の人物はただ一人。
「アリサ!」
 そう、アリサだ。ハヤトはすぐにでも駆け寄る。
 話がしたかった。アリサには、色々と迷惑をかけているからだ。
 アリサはこちらに気づくと、少し曇った顔で見つめる。
「ハヤトさん……」
「あのさ、アリサ……」
「ハヤト」
 サエコが割り込んできた。アリサは軽く頭を下げる。
「私、少し急ぎますから…………」
「あ、アリサ…………」
「それでは」
 そう言って、そのまま立ち去っていった。
 ハヤトはサエコの方を見る。彼女は嬉そうな顔だった。
「嬉しそうだな?」
「うん。街の中を見てきて良いって、艦長さんが言ってくれたから」
「なるほど」
 ある程度の事を察したハヤトだった。



 自分でも変な気持ちだった。
 けれど、あの人の前に立つ事が出来ない。
「私……どうしちゃったんだろう…………」
 彼が自分の父親と戦ってから、自分の方から避けるようになっていた。
 自分は邪魔者だと思った。
 彼にはサエコと言う良い人がいる。自分なんか、とても比べ物にならない。
「ハヤトさん…………」
 けれど、彼の事が好きだった。彼の側にいると、どこか楽しくて、自分が別人になったような気分になる。
 そして、一緒にヴァトラスに乗って戦った時は、どこか恥ずかしかったけれど、とても嬉しい気持ちだった。
 一緒にいたい。そう願いたい。



 サエコによって、ハヤトは街を歩いていた。
 地球とはやはり違う。そう思った。
「ね、あれ凄いね」
「ああ。一応、ゲームのような感じだけどな」
 目の前で、子供がコントロールスティックのようなものを使って遊んでいる。
 何かのゲームであろう。ハヤトは軽く背伸びをする。
「たまには、こうやってのんびりするのも良いな」
「うん。それに、ハヤトと一緒だしね」
 やっぱり大胆になっている、とハヤトは思う。
 そして、中学校の頃までは「ハヤトちゃん」と呼ばれていたのに、今では違う。
 サエコは、上の空状態になっているハヤトの顔を窺った。
「どうかした?」
「あ、いや。何でもない」
 嘘だった。アリサの事ばかり気になっている。
 その時、ヴァトラスの声が聞こえた。
(《巨神》…………)
 巨神。その言葉は、一度戦った怨霊機の時に聞いた言葉だ。
 分かるのは一つだけ。怨霊機が現れたと言う事。
 そして、気づくのが遅かったと言う事だった。
「怨霊機!」
 とっさに空を見上げる。鈎爪を持つ怨霊機――――《魔獣》の怨霊機だ。
 怨霊機の姿を見て、街の人々は騒ぎ始める。
「は、ハヤト、逃げよう!」
「いや、戦う」
「無茶だよ!戦うって言っても、あのロボットはないんだよ!?」
「戦うんだ。サエコ、お前は安全なところに逃げてろ」
 そう言って駆け出す。ハヤトは、とにかく怨霊機を倒す事に集中していた。
 ある程度、ヴァトラスの言葉で把握できた。
 なぜ、霊戦機の称号を怨霊機が持っているのか。
 答えは簡単。そう、怨霊機が奪ったのだ。だから、ヴァトラスは「救って欲しい」と言ってくる。
 果たして、霊戦機の称号を全て取り戻すとどうなるのかは分からない。
 けれど、今は力が欲しい。親父を倒せる力が。
「しかし、どうする…………?」
 あれほど巨大な敵を、生身の人間が勝つなど不可能だ。
 ヴァトラスに乗れば勝てるかもしれない。しかし、今は時間が無い。
「ロバートも、多分、間に合わないだろうし…………!」
 その時、視界に見覚えのある姿が見えた。
 間違いない、アリサだ。なぜ、彼女は逃げていないのだろう。
「アリサ!」
 駆け寄る。彼女は驚いたような顔でこちらに振り返った。
「ハヤトさん。……サエコさんは一緒じゃ…………」
「それよりも、ここは危ない。早く逃げるんだ」
「…………」
 彼女は黙り込んだ。
「アリサ?」
 ハヤトは顔を窺う。しかし、髪の毛が邪魔で分からない。
 とにかく、手を握り、走ろうとした。
「行こう」
「……良いです」
「え?」
 アリサが口を開く。
「……私は……お邪魔ですから…………」
「邪魔って…………」
「私……一人でも大丈夫です」
 ハヤトの手を振り払い、アリサは走ろうとする。
 ハヤトは彼女の腕を掴んだ。
「放してください…………!」
「いいや、放さない。一体、何かあったのか?それとも、俺、何かしたのか?」
「…………」
「アリサ」
「私は…………」
 彼女が何かを言おうとした瞬間、怨霊機に気づかれた。
 素早く鈎爪が振り落とされる。
「あ…………!」
「こうなったら、いちかばちかだ!ヴァトラス…………」
 アリサを引き寄せ、目を閉じる。霊力を研ぎ澄まし、声を聞く。
 声が聞こえる。ヴァトラスが「戦う」と言う声が。
「…………来い!」
 瞬間、その声と同時に怨霊機の鈎爪を受け止める。
 ヴァトラスが食い止めている。ハヤトはコクピットを眺めた。
「アリサ、いくぞ」
 彼女の手を引き、ハヤトはヴァトラスのコクピットを目指す。ヴァトラスが身を屈めた。
 コクピットに乗り込むと、素早く霊力を集中させ、動かす。
「いけ!」
 集中力が神の領域へと導く。《魔獣》との戦いで身につけた“聖域”だ。
 不可能を可能に出来るように思える力――――アリサのお陰で身につけた力だ。
 アリサはハヤトに抱きかかえられた状態で少しだけ笑った。
「何が可笑しいんだ?」
「二度目ですね。こうやって、一緒に乗るのは」
 言われて見れば、そうだった。ヴァトラスに、こうやって乗るのは二回目だ。
「……そうだな」
「照れてます?」
「……まあ…………」
 思わず苦笑する。しかし、顔は真っ赤だった。
 けれど、どこか嬉しかった。アリサと話が出来て、嬉しかった。
「アリサ、掴まってろよ」
「はい」
 ヴァトラスが剣を構え、一気に仕掛ける。
「身華光剣、朱雀爆輪剣!」
 炎を纏った風が怨霊機を切り裂く。ヴァトラスは空を舞い、怨霊機に接近した。
 剣が青白く輝く。
「奥義――――!」
 その時、どん、と背中を攻撃される。
 重武装の怨霊機が立っている。それも、以前とは強さが違うようだ。
『進化した霊戦機か。見せてもらうぞ、その力を』
 操者は、そう告げた。



 ロバートもまた、苦戦していた。
 龍の頭を持つ怨霊機の攻撃を上手く避けるのだが、問題はこっちだった。
 ヴィクダートは格闘戦重視の霊戦機。距離が遠すぎる。
「く…………!」
 怨霊機の攻撃が読めない。
(《地龍》…………)
「《地龍》?」
(我が友であり、我がライバル…………)
 ヴィクダートは悲しそうな感じがしていた。ロバートはそう思う。
 まだ《武神》の力が引き出せない。
「とにかく、俺があいつを倒せば良いんだな?ヴィクダート」
 その時、ロバートの額が光り輝いた。



 挟まれた。まさか、ここで怨霊機二機と戦う事になるとは思わなかった。
 いくら進化したと言えど、敵が二体も相手では、かなり厳しい。
『霊戦機と怨霊機が融合し、新たに誕生した力』
「何が言いたい?」
『その力と、《霊王》の力が、果たしてどんな結果を生むだろうな?』
 重武装の怨霊機の操者は軽く笑った。
 ヴァトラスが翼を大きく開く。その時、声が聞こえた。
(ウインドスプレッシャー…………)
「ああ、分かってる。けど、それは街にも被害が出る」
 ヴァトラスの声を常に聞けるようになってからは、少々うるさく、心強かった。
 ウインドスプレッシャーは、無数のレーザーを辺り一面に雨のように降らす武器だ。
 当然、その被害は街にもあるだろう。
「アリサ、どうすれば良いと思う?」
「…………」
「アリサ?」
 アリサの顔を窺う。彼女は、少し悲しそうだった。
 いや、悲しそうな顔を浮かべている。先ほどは、やっと笑ってくれたのに。
「……どうして、私なんですか?」
「え?」
「どうして、サエコさんじゃなくて、私を乗せたんですか?」
 突然の質問だった。けれど、すぐに答える事が出来た。
「アリサだから……」
「私だから……そんなの…………!」
「確かに、俺はサエコの事が好きだったよ。この間までね。でも、今は違う。
 今の俺は、あいつを幼馴染以上として見る事が出来ない。……むしろ、怖い」
「怖い?……どうしてですか?」
「分からない。けれど、怖いんだ」
 ヴァトラスを動かす青い球体に力が入る。
「また、独りになってしまうんじゃないかって……昔の俺になるんじゃないかって…………」
「ハヤトさん…………」
 抱きしめる。アリサは、黙ってハヤトを抱きしめた。
 ハヤトは、どこか懐かしさを感じた。そう、母があの時、抱きしめてくれた事を思い出した。
 アリサと一緒だと、なぜか楽しくなる。サエコと一緒にいる時には感じられなかった『何か』がある。
 守りたい。そう思う。
『お楽しみのところ悪いが、これで終わらせよう、霊王よ』
 重武装の怨霊機の操者が右手に霊力を込め始めた。
 どうやら、霊力での強力な一撃を放とうとしている。
「ヴァトラス、俺に力を貸してくれ…………!」
 眩しい位の光がヴァトラスを覆う。そして、額に《霊王》の称号が浮かんだ。
 本領発揮。ハヤトが《霊王》として戦う。
『どうやら、《霊王》の力の解放だけは出来るか』
「解放だけだと思うな。今の俺は、負ける気がしない」
 ヴァトラスが剣を構える。それと同時に、鈎爪を持つ怨霊機が突進してきた。
 ハヤトは霊力を感じ、その動きに気づく。
 霊力が剣に込められ、次第に剣先に集った球体が大きくなっていく。
「霊王閃光破!」
 怨霊機の突進を避け、瞬時に後ろから放つ。
 刹那、閃光が怨霊機を貫き、一瞬で光へと変えた。
 ヴァトラスに力が宿る。荒々しく、それでいて優しき心を持つ《巨神》の力。
(ありがとう…………)
「礼はまだだ。全世界を救うまでは――――親父を倒すまでは、礼を言う意味は無い!」
 ハヤトは霊力を再び集中する。



 グラナは不思議に思っている。
 なぜ、彼には怨霊機の力を霊戦機の新たな力へ変える事が出来たのだろうか。
 いや、それ以前に、彼が怨霊機を倒した時の事が気になっていた。
 あの時――――彼が最初に怨霊機を倒した時、怨霊機は光と化して倒された。
 正確に言えば、光へと還った、だろう。それは、絶対にありえない。
「先代の頃から霊戦機が進化していたんじゃない……進化しているのは、彼自身か……」
 二人の王の血を引く彼は、何らかのキッカケで進化している。
 それが、怨霊機を光に変えると言う――――闇を光に変えると言うのなら、つじつまが合う。
「光と闇の霊力属性。しかし、対となる力が何かを生み出している…………」
 今までの聖戦とは、全く変わってきている。そう思うだけだった。



 力が漲ってくる。《武神》の称号が、ロバートの額に浮かんでいた。
 ヴィクダートが、二刀の剣を構え、雷を走らせている。
「ヴィクダート、いくぞ…………!」
 龍の頭を持つ怨霊機が仕掛けてくる。これが好機だった。
 ロバートは霊力を集中し、雷の走る剣に炎を加えた。
 二刀の剣が同時に振り落とされる。
「武神双撃斬!」
 怨霊機を切り裂く。



 ハヤトは静かにその力を感じていた。
 ヴァトラスの中で、《天馬》が、《巨神》が、《星凰》が何かを語り始める。
(我らの力を貸そう)
(俺の力を貸してやろう)
(私達の友を――――ヴァトラスを信じるのです。そうすれば、道は開ける)
 どこか、心強い。そして、力が溢れ出ているような感じだった。
 重武装の怨霊機が勝負に出る。
『くらうがいい!』
 霊力の込められた一撃が放たれる。瞬間、ヴァトラスの姿が消えた。
《天馬》の力が、ヴァトラスの分身を生み出し、《星凰》の力が動きを早めた。
《巨神》の力が漲る。ヴァトラスが吼える。
「いくぞ、身華光剣最終奥義…………!」
 剣が青白く輝き、霊力が集中される。
 重武装の怨霊機の操者は恐れていた。その光に、ヴァトラスに。
『や、やめろぉぉぉ――――』
「四聖剣王斬ッ!」
 振り落とす。怨霊機の装甲を貫き、光が中心にまで届いた。
 光が舞う。怨霊機を光に変えながら。
「これで、四つ――――」
(五つ)
 ヴァトラスがそう言う。目の前に表示された画面を見ると、二つ増えていた。
 一つは、炎の力を持ち、獅子の如くその名を轟かす《炎獣》。
 そして、大地を駆け、自然を愛する《地龍》の称号だ。
 どうやら、ここ以外にも怨霊機が現れて、それをロバートが倒したのだろう。
「確か、霊戦機は全部で七機だから…………」
「これで、全部揃ったんですね」
 アリサが微笑む。
「ああ。これで、あとは《覇王》である親父を倒すだけだ」
 どこか、嬉しく、心強い。
 これで霊戦機の称号が全て揃った。あとは、ヴァトラスに任せよう。
 残る怨霊機はあと一体。最大の強敵だが、今のヴァトラスなら勝てる。そう思った。
 ハヤトは、アリサに「ありがとう」と聞こえない程度の声で呟いた。



「そう、か……ハヤトには別に好きな人がいるんだよね…………」
 サエコはヴァトラスを見ながら思った。
 ハヤトの事は今でも好きだった。けれど、今は――――。
「でも、私も負けないんだからっ」
 この時、三角関係が生じていた。



 第五章 ヴァトラスの声

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