第七章 何かが弾けて・・・


 怨霊機を倒し、ロバートは一安心していた。
 力を使いこなせてきている。
『どうやら、全ての霊戦機の称号を取り戻したか』
 目の前に漆黒の霧が現れ、奴はその姿を露わにする。
 最大の敵である《覇王》。そして、ハヤトの父親。
「こんな時に…………」
 ロバートは舌打ちした。
 先程の戦いで、かなりの霊力が消費している。戦うには辛いものがある。
 しかも、敵は《覇王》だ。勝てと言われたら、できるか、と言いたい相手だ。
『お前の《武神》の操者としての力、見せてもらう』
 敵は構えた。



 霊戦機の称号が全て揃った。
 しかし、気がかりな事がある。そう、称号が揃った場合の事だ。
 全て揃った場合に何が起きるのか、それはヴァトラスも教えてくれない。
「…………」
 ハヤトは黙っていた。しかし、それは称号の事ではない。
 あまりにも強大で、心臓の鼓動が早くなってくる感覚がする。
「……この霊力は……親父…………!?」
 しかし、近くにそれらしい姿は無い。ならば、イシュザルトの方だろうか。
 だとすれば、かなりの霊力だ。あの時に戦った時よりも遥かに高い。
 ヴァトラスの反応を見る。すると、画面には「怨霊機との距離1200フォーレム」と表示されている。
「フォーレム?」
 首を傾げる。すると、一緒に乗ったままの状態で、アリサが答えた。
「あ、フォーレムは、地球のキロメートルと言う単位で表す数字の事です」
「と言う事は、怨霊機との距離は1200キロメートル。まさか…………!」
 漠然的な不安に駆られる。
「アリサ、急いでイシュザルトに戻る!しっかりと掴まっていろ!」
「え――――きゃっ!」
 小さな悲鳴を上げ、アリサはハヤトに思わず抱きついた。
 自分から抱きついておきながら、彼女は頬を赤らめ、照れている。
 しかし、今のハヤトには効果がない。彼の目には、一つしか見えていない。
 そう、自分の父親しか――――。



「ロフ、これは厄介な事になってきたね」
「はい。ヴァトラスが突然出撃したまま、戻ってくる気配がありません」
 グラナは目を細めた。これでも、焦っているのだ。
 目の前に立つ怨霊機と、ロバートの乗る霊戦機ヴィクダートが互いに構えている。
 しかし、ロバートに勝ち目は無い。なにせ、《霊王》でしか互角に戦えないほどの力を持つ相手だ。
 いくら霊戦機の力を扱えるようになったとしても、《武神》では差がありすぎる。
「アラン」
 グラナは格納庫に通信を繋いだ。孫であり、霊力機開発者のアランが出てくる。
「霊力機の調子はどうだい?」
『出撃できるけど、《覇王》には勝ち目ねえぜ!?』
「イシュザルトの出力は?」
『それもダメだ。主砲が撃つとなれば、1%も出力が出せない』
 その言葉を聞き、グラナは顔をしかめた。
 しかし、最強と言えるイシュザルトの主砲ですら、《覇王》に勝てると言う保証はない。
 むしろ、出力が1%程度しか撃てないとなれば、ならさらだ。
「ヴァトラスの反応は?」
「はっ。只今、霊力を感知しております」
 計測士が答える。
「反応ありました。現在、かなりのスピードでこちらに接近中。コクピットには二人分の霊力反応があります」
「二人分?」
 首を傾げる。すると、突然通信が入った。
『グラナ!』
『お婆様』
「一緒に乗っているのは、アリサかい?」
 グラナは目を細め、訊く。アリサは「はい」と答える。
 ハヤトがデータを転送する。霊戦機の称号だ。
『霊戦機の称号は、今戦っている《武神》を合わせて全部揃った。
 教えてくれ、グラナ。称号が全部揃ったら、一体どうなるんだ?』
「称号が全て揃った場合、ね」
 グラナはデータを見つつ、彼の霊力を見る。
 確かに称号は全て揃い、彼の霊力は「計測不能」と言う文字を示している。
 しかも、どこか安定していて落ち着いている。“聖域”の影響だろう。
『どうなんだ?』
「……正直、分からないね。なにせ、霊戦機が倒されたのは珍しいケースだ。
 今までは操者のみ死ぬ戦いだった。私には、どう言えば良いのか分からない」
『そうか。じゃあ、もう一つ訊いて良いか?』
「なんだい?」
『親父は……《覇王》は、どれ位の強さか分かるか?』
 ハヤトの霊力から、怒りが少し感じられる。
『大体で良い。頼む、グラナ』
「おそらく、昔の獣蔵と同じだろう。しかし、その強さは半端じゃない。
 少なくとも、ヴァトラスと一体化しない限り、勝てないかもね」
『……一体化?』
「霊戦機と心を一つにする事で、霊戦機は真の力を引き出す。それが一体化だ。
 ヴァトラスの声を聞くんだ。《霊王》の声をね」
『それは、できないな』
 ハヤトが軽く笑う。そして、自分の右手を見ていた。
『俺には、やっぱり《霊王》なんて似合わない。なにせ、俺はそういう人間になれない。
 ただ、俺は親父を倒したい。それだけだ』
「そうかい。しかし、アリサはイシュザルトに降ろしてくれ。二人で乗っていると、狭いだろう、コクピットは」
『まあ、な……』
『……そうですね』
 二人は照れていた。しかし、お互いに嫌ではない様だ。
 むしろ、二人は互いの目を合わせると、思わず吹き込んでしまう。
 グラナは少々困ったような顔だったが、内心は嬉しそうな声で言う。
「これが最後の戦いになる事を祈る」
 ただ、これだけしか言わなかった。



 ヴィクダートが二刀の剣を振り落とし、《覇王》へ迫る。
 しかし、《覇王》は余裕の表情だった。
「はぁっ!」
『この私を甘く見るな』
 剣を手に凌駕はロバートを睨む。ロバートは霊力を集中し、《武神》の力を全て引き出した。
 雷と炎が剣を走る。そして、一撃が閃く。
「武神双撃斬!」
『甘い!』
 受け流された。それも、早い段階で。ロバートは目を見開かせた。
 力の差は大きい事は分かっていた。しかし、これは差がありすぎる。
『ここで終わらせてくれる!』
 怨霊機の持つ剣が漆黒の光を放つ。
『覇王滅殺斬!』
「――――!」
 半身を翻し、ヴィクダートは避けようとする。



 イシュザルトの甲板に着陸し、ヴァトラスは片膝を地につかせた。
 コクピットを開き、ハヤトはアリサを降ろそうと抱きかかえた。
「格納庫に着陸した方が良かったな……」
 甲板は風が強い。バランスはすぐ崩れてしまうほどだ。
 アリサを抱きかかえた状態な為、なおさらバランスが悪い。
「ととっ」とバランスを整えながら、上手くコクピットから降りる。
「とりあえず、一安心だな」
「…………」
「どうかした?」
「……これって……お姫様抱っこですよね?」
 アリサの言葉に、やっと気づいた。今の状態は、照れくさい。
 いや、恥ずかしすぎる。ハヤトはすぐにアリサを降ろす。
「……と、とにかく、中に戻るんだ。俺は親父を倒す」
「……大丈夫、ですか?」
 アリサが不安そうな顔でハヤトを覗く。ハヤトは軽く笑って見せた。
 少しでも彼女に心配させたくない。そんな想いがそうさせた。
 ヴァトラスのコクピットに乗り込みつつ、ハヤトは服の下に身につけていたペンダントを取り出した。
 幼い頃、同じ年くらいの女の子に貰った大切な物だ。少し古ぼけているロケットだが、壊れてはいない。
「これは……?」
 ハヤトに、首につけてもらいながら、アリサは訊いた。
「俺の大切なペンダント。アリサに持っていて欲しい。今だけは」
「……良いんですか?」
「ああ。あとで返してくれれば」
 ヴァトラスのコクピットを閉じる為、手元の球体に力を入れる。
 静かにコクピットが閉じようとした途端、アリサが乗り出した。ハヤトは慌ててコクピットを開く。
「アリサ、危な――――!」
 瞬間、頬が赤くなった。いや、顔全体が赤い。
 アリサはハヤトの頬にキスをし、少し頬を赤らめつつ微笑んだ。
「おまじない、です」
「……サンキュ」
 照れつつ、ハヤトは嬉しそうに答えた。
 ヴァトラスがその瞳を光らせ、コクピットを閉じた。



 肩の付け根から左腕を切断された。ヴィクダートが悲鳴を上げる。
 ロバート自身も怪我をした。ヴィクダートが半身を翻して攻撃を避けようとした時に、操作を誤ったのだ。
 コクピットの中で強く頭を打ち、血が右目の視界を奪う。
「《覇王》の動きが見えない…………」
『所詮は《武神》だ。私に勝つ事など、不可能なものだったのだ』
 凌駕が剣をヴィクダートへ向けた。剣先が鋭くこちらを睨みつけている。
『これで、終わりだ』
「親父!」
 怨霊機の真後ろから、無数のレーザーが襲い掛かる。凌駕は全て避けきった。
 そして口元を歪ませ、喜ぶ。我が子がここに現れた事に。
 ロバートは小さな視界でその姿を確認した。
「ヴァトラス……」
「大丈夫か!?」
「……ああ、すまな――――」
 意識を失った。そこまで、覇王の攻撃を耐えていた。
 ハヤトはロバートの名を呼んだ。霊力が解放されていく。
「ごめんな」と軽く呟き、剣を己の父親に向けた。
「さあ、次の相手は俺だ。覚悟しろ、親父!」
『全ての称号を得たところで、勝てるとでも思っているのか?』
「いいや。それに……俺は《霊王》でも《覇王》でもない人間だ!」
 剣を上段に構え、霊力を剣に集中させる。
 地の声を聞き、その力を利用すれば、衝撃波が巻き起こる――――!
「身華光剣、白虎地裂撃ッ!」
 剣が地面を激しく何度も叩きつけられ、その都度、衝撃波が巻き起こった。
 無数の衝撃波が凌駕へと向かう。
『甘い。青龍弐刀剣!』
 剣を抜刀し、龍の波動を放つ凌駕。
 二人の剣技は、共に相殺し、その瞬間にハヤトが駆け出す。
「玄武正伝掌!」
 怨霊機の懐に入り、抜刀する。見事、腹部を捉える事が出来た。
 そう思った。しかし、違う。怨霊機は突然、影のように消えていった。
 最初の敵だった《死神》の幻影だ。
「どこだ!?」
『ここだ』
 後ろから怨霊機が剣を漆黒に輝かせ、ヴァトラスを襲う。
『覇王滅殺斬!』
「ちぃ!」
 絶体絶命――――ハヤトは手元の球体を強く握り、思った。
 しかし、何かが違った。ヴァトラスが勝手に動いている。
 気づけば父とは少し距離を置いた場所に移動し、ヴァトラスがヴァトラスバーストを構えている。
「?」
(これが我の力。《天馬》の残像だ)
 声が聞こえた。《天馬》の霊戦機の声が。
「残像……だから、ヴァトラスが攻撃を避けきった…………」
『ほう。どうやら、《霊王》の力をある程度解放できるようになったらしいな』
「親父…………!」
 ヴァトラスの動きを見ても、凌駕は驚く表情などない。むしろ、喜んでいる。
 そして、怨霊機の両肩からは、漆黒の炎が渦を巻いて燃え上がっている。
(気をつけろ。《黒炎》の力を放つ気だ)
「黒炎?」
(この《炎獣》である私の天敵だ。ここは、私が力を貸そう。
 初代の意志を受け継ぎし者よ、私の名を呼べ。私は《炎獣》ディレクスなり!)
「ああ!力を貸してくれ、ディレクス!」
 ヴァトラスバーストの銃口が赤く光る。炎のように燃え盛る赤だ。
 狙いが定められやすい。これが《炎獣》の力だろうか。
『いくぞ、黒炎!』
「いけぇ、ディレクス!」
 漆黒の炎とヴァトラスバーストから放たれた炎の波動が同時に放たれた。
 ハヤトは集中した。すでに“聖域”には入っているが、集中しておかなければ負ける。
 油断は出来ない男――――それが《覇王》であり、父・凌駕だ。
 まだ覚えている。幼い頃からの事を。
「まだだ……まだ……まだ力が…………!」
(次は、私の番です。《星凰》の力により、ヴァトラスの全性能を引き上げます)
「そんな事が出来るのか?」
(ええ。なにせ、私達は“不変の友情”で結ばれた存在ですから。
 私はブレイドルス。ヴァトラスと共に、全世界を救うのです)
 漆黒の炎がヴァトラスバーストを打ち消し、迫り来る。
 ヴァトラスはその赤い右目を光らせた。六枚の翼が機械的な動きをするのだが、一瞬だけ本物のように見えた。
 天空を舞う。まるで、風を味方にしているかのように。
『戦うたびに進化しているか。しかし――――』
 凌駕も跳躍し、ヴァトラスへ迫る。
『この《覇王》の力を甘く見るな!』
「そう言うと思ったぜ、親父!身華光剣、奥義!」
 霊力が集中され、剣が光り輝く。衝撃波が剣の回りから生じていた。
 祖父が一度、目の前でやって見せた身華光剣術の奥義と呼べる技――――。
「衝凱光剣ッ!」
 力強く振り落とし、ハヤトは父を睨みつけた。
 凌駕も応戦する。まさに、その差は互角だった。



 サエコはヴァトラスの姿を追っていた。気づけば街から出てしまう。
 けれど、戦艦と呼ばれていた物体がどこにあるのか分からない。
「どうしよう…………」
(見つけたぞ…………!)
 空が曇った。いや、真上に何かが現れた。
 信じられない事だった。あの時――――ハヤトが助けてようとして戦っていた相手。
 怨霊機ヴァイザウレスが、静かにサエコを見ていた。
「い、いや…………」
(さあ、私と共に来るのだ。全てを《覇王》へ捧げる為に)
 ヴァイザウレスは、その恐ろしい瞳で彼女を見つめていた。



 霊力からすれば、ハヤトの方が当然のように有利だった。
 しかし、戦闘からすれば凌駕が圧倒している。経験の差とでも言うべきだろうか。
「まさか、《覇王》は数年前から動いていたのかもしれないね」
「ええ。艦長、ヴァトラスの動きが次第に良くなってきていますが?」
「おそらく、《霊王》の声がしているのだろう。いや、違うかもしれないな」
 グラナは深く考えた。過去に、自分が経験した戦いと比べながら。
 彼の祖父・獣蔵が《霊王》の声を聞き、力を発揮した時は確かに強かった。
 しかし、今目の前で見ているヴァトラスの動きは違う。
 敵の攻撃を瞬時に避けたあの動きは、まさしく《天馬》の力だ。
「ロフ、よく見ておきな。この戦いは、今までにない伝説を刻む」
「艦長?」
「《霊王》が自らで進化している。それも、霊戦機と共に」



 両者の剣が激しくぶつかり、互いの霊力が激しい光を生んだ。
 ヴァトラスは《炎獣》の力を借り、怨霊機の動きを読み取る。
「そこ!」
『甘い!』
 再び剣がぶつかる。そして、同じ事が何度も続いた。
 剣がぶつかる度に、響きの良い音がなる。
(やっぱり強い。けど、負けたくない!)
 ヴァトラスが六枚の翼を大きく広げた。エネルギーを充填し始める。
 頭に何かが伝わってくる。広範囲に攻撃できる武器の名を。
(ウインドスプレッシャー)
「ウインドスプレッシャーッ!」
 翼から無数のレーザーが放たれた。青く、それでいて綺麗なレーザーだ。
 無数のレーザーがハヤトの霊力により、一点に集中される。
「いけぇ!」
 一点に集中されたレーザーが怨霊機を襲う。
 その時、別の方向から竜巻が放たれ、レーザーを無力化した。ハヤトは目を見開かす。
 信じられなかった。一度倒したはずの怨霊機がそこに立っている。
「そんな…………!?」
 翼を持ち、悪魔を思わせる怨霊機。ヴァトラスが両目を光らせた。
『ヴァイザウレスか。タイミングが良いな』
「くっ、ヤバイな…………」
 舌打ちする。ただでさえ強敵である父と戦っている最中に、まさか敵が増えるとは。
 しかも、グラナが言うには、祖父の頃には存在していなかった怨霊機だ。
 冷や汗が頬を伝って落ちる。
(……けて…………)
 声がする。ヴァイザウレスの中から。
(……助けて…………)
「……まさか…………!」
 ハヤトは歯を喰いしばり、父の方を睨みつける。
「親父!また…………!」
『いいや、違うな。あれは、ヴァイザウレスの意思だ』
「そんなわけがない!サエコが怨霊機の操者だなんて事は…………!」
『たとえ、お前がそう思っていても、運命には逆らえないのだ。
 そう、彼女は、怨霊機の操者になる事を運命付けられていたのだ』
「そんなわけが――――」
 ヴァトラスが突風に襲われる。六枚の翼を器用に羽ばたかせ、バランスを取り戻す。
 ヴァトラスが剣を構えた。攻撃をする気だった。
「ダメだ、ヴァトラス!サエコが……サエコが乗っているんだぞ!?」
 アルトシステムが起動し、ハヤトの言葉は届かなかった。
 剣に霊力が自動的に集中され、青白く輝きだす。
 ヴァトラスは、四聖剣王斬の構えをしている。
「やめろ、ヴァトラス――――」
 一閃がヴァイザウレスを襲う。右腕が斬られた。
 悲鳴を上げる怨霊機。ハヤトはコクピットを叩いた。
 ヴァトラスが勝手に動いた。それだけで腹立たしい気持ちだった。
「くっ!」
『ふむ。ヴァトラスの意思が、ヴァイザウレスを倒したいようだな。ならば、手伝ってやろう!』
 凌駕が剣に霊力を込めた。漆黒の光が剣に集う。
 剣から漆黒の刀身が伸びる。《覇王》の力を引き出した力だ。
「やめろ……やめろ、親父ぃぃぃ!」
『覇王滅殺斬ッ!』



 漆黒の刀身が、ヴァイザウレスを完全に捉えた。
 ヴァイザウレスが悲鳴を上げ、闇の中に消えていく。否、吸収されたのだ、《覇王》に。
 ハヤトは目を見開かせた。

 ドクンッ

 一瞬、何がどうなったのか分からなかった。

 ドクンッ

 目の前で、また大切な人が死んだ――――消えていった。

 ドクンッ

 サエコ。おい、サエコ…………?

 ドクンッ

 返事をしろよ、サエコ!

 ドクンッ

 なあ、返事をしろよ……してくれよ…………。
 サエコ……サエコ…………!
 サエコサエコサエコサエコサエコサエコサエコサエコサエコサエコサエコサエコッ!

 ドクンッ

 ドクンッ

 ドクンッ

 ドクンッ

 ドクン―――――ッ



「サエコォォォォォォオオオオオオオオオッ!」
 ハヤトの絶叫が響く。ヴァトラスが咆哮を上げた。

 何かが弾けた。目の前が暗くなったり、赤くなったり白くなったりと、まるで壊れたブラウン管のようだった。
 何もかも、抑えきれる事が出来ない状態だった。
 今まで抑えていた“何か”が静かに動き出した。

 俺が《霊王》だから。

 眼前に居る敵のせいか?

 いや、全てだ。

 全て悪いんだ。なにもかも、全て悪いんだ!



「ウアァァァァァァアアアアアアアアアッ」
 ヴァトラスの六枚の翼が漆黒に染まった。両目が血塗られた深紅に染まる。
 純白のボディはそのまま変わらず、圧倒的な殺気でヴァトラスは満ちている。
 まるで、悪魔のように。いや、悪魔そのものである。
「殺す殺す殺す殺スッ!」
 剣が無数に振られ、炎が生じた。そのかまいたちが放たれる。
 しかし、炎は漆黒だった。
『何!?』
「死ね死ね死ね死ねぇぇぇっ!」
 目の前に急接近してきたヴァトラスの剣が腹部を貫通する。
 凌駕は目を見開かせた。圧倒的な強さを見せつけられたような感覚だった。
『くっ!』
 剣諸共ヴァトラスを吹き飛ばす。しかし、ヴァトラスはすぐにバランスを立てた。
 ハヤトはヴァトラスに眠る怨霊機の力を全て解放している。
『面白い!闇に染まったお前の力、見せてくれる!』
 怨霊機の胸の瞳が血塗られた紅い光を発する。
『覇王爆砕破ッ!』
 血塗られた紅い閃光が放たれた。



「あれは……“スペリオール”!?」
 グラナは腰掛けていたシートから勢いよく立ち、目を見開かせた。
 冷や汗を額に浮かべている。
「スペリオール?」
「人には、絶対に超えてはならない力がある。それを超える力の事を“スペリオール(=覚醒)”と呼ぶんだ。
 しかし、スペリオールには二つあるんだよ」
「二つ、ですか?」
「ああ。一つは、真に超えたいと思った場合。そして、もう一つは――――」
 グラナがゆっくりとシートに腰掛ける。
「完全なる怒り…………」



 アリサは胸が苦しくなる思いだった。
 悪魔と化したヴァトラスの姿を見ていると、涙が自然に浮かんでくる。
「はぁ……はぁ…………」
 その場に屈み込み、静かに首を振る。
「ダメです……ダメなんです…………」
 痛いほど伝わっていた。同じような出来事だった。
 両親も目の前で怨霊機によって殺された。その事が思い出されていく。
「ダメです……ハヤトさん…………」
 アリサは涙を流し、苦しくなる胸を抑えていた。



 血塗られた紅い閃光がヴァトラスを襲う。しかし、ヴァトラスは簡単に避けた。
 急接近してくる。しかも、己の動きを残しながら。
 最大なる回避を得た“残像”だ。動きが早すぎる。
「殺してやるゥゥゥゥゥゥ――――ッ!」
 剣が無数に怨霊機を切り刻む。
『甘いと言っているだろう!』
 凌駕は霊力を高め、力を解放した。額に称号が宿る。
 闇の太陽を思わせる《覇王》の称号だ。
『お前に味合わせてやろう。《覇王》の本当の恐ろしさを!』
 凌駕は本気を出した。いや、本気を出すしかなかった。
 今のハヤトは確実に強い。強過ぎる。
 これに《霊王》の力が加われば、おそらく凌駕でも手に負えない存在となりうるのだ。
『覇王滅殺陣!』
 漆黒の翼が生え、辺り一面を血塗られた紅い閃光が覆った。
 いや、血塗られた紅い閃光の雨が、辺り一面に降り注がれていく。
「うあぁぁぁぁぁぁあああああああああっ」
 ハヤトは全て避けた。ヴァトラスが剣を空へ掲げる。
 剣先に球体ができる。そして、ハヤトの霊力により、次第に巨大化していく。
 凌駕も応じて、両拳に漆黒の光を集わせた。
「死ねぇぇぇぇぇぇっ!」
『これで、終わりのようだな。殺ッ!』
 両者の力が、再びぶつかった――――



 第六章 この想い、誰が為に

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