ハヤトと凌駕の霊力が激しくぶつかった。大地が揺れる。
悪魔へと染まったヴァトラスは、その紅い瞳で怨霊機を睨む。
凌駕は、額に《覇王》の紋章を輝かせた状態のままだ。
『どうした?お前の力と言うのはこれ程か?』
「うあぁぁぁぁぁぁああああああっ!」
ヴァトラスは闇雲に剣を乱舞し、凌駕はそれを全て受け流す。
ハヤトはすでに我を失っている。今、《覇王》として目覚めているハヤトは。
我を見失わず、《霊王》と《覇王》の両方を引き出せば、おそらく神を超えるだろう。
『お前の力は凄まじい。しかし、使いこなせなければ、意味の無い事だ!』
漆黒の光を集めた怨霊機の拳がヴァトラスを殴る。
ヴァトラスが拳を受け止め、六枚の翼から無数のレーザーを放った。
「スペリオール。まさか、“聖域”の他に、あんな力を持っていたとはね」
「艦長、確か怒りによる覚醒は、身を滅ぼしてしまうはず…………」
ロフは思い出した。古文書に書かれていたスペリオールについての事を。
人は超えてはならない力。その領域に、真に踏み入れた者のみが得る事ができるのがスペリオールだ。
しかし、怒りによって、その力を引き出した場合、己を滅ぼすだけだ。
「ああ。このままでは、彼は死ぬだろう……」
「死ぬ…………!?」
グラナは目を細めた。振り返ると、孫娘である彼女が立っている。
アリサは、胸元のペンダントを掴みながら、静かにグラナに近づいた。
「死ぬって……どう言う事ですか…………?」
「…………」
「お婆様!」
グラナは静かに頷いた。
「……黙っていても、意味ないか。アリサ、彼は今、怒りによって力を解放している。
それも、人が超えてはならない力だ。今の状態が続けば、確実に己を滅ぼす」
「そ、それじゃ…………」
「ああ。このままじゃ全世界は滅ぶ。こうなったら、どうしようもない」
アリサが顔を俯かせる。グラナはイシュザルトの出力を見た。
出力は現在44%。主砲を撃つには、あと2、3%必要になる。
グラナは通信を開き、アランに繋げた。
「アラン、霊力機で機動性が一番高いのは?」
『確か、アルスのウォーティスだ。けど、あれでも機動性は低い分類だぜ。
……いや、セイバーアークがあったな。あれなら、《星凰》の霊戦機と互角なはずだ』
「出撃できるかい?」
『当然。セイバーアークだけは、乗り手もいなかったし、性能は大丈夫だ』
そう聞き、少し好機が見えた。グラナは口元を歪ませる。
しかし、すぐに元に戻し、アリサの方へ振り返った。
「アリサ、一つだけ、方法があるかもしれない」
「え…………?」
顔を上げ、グラナの方を見る。グラナは頷く。
「彼の怒りを落ち着かせる。その為に、セイバーアークでヴァトラスに近づくんだ」
「艦長、それは!」
「ああ。下手をすれば、セイバーアークごと操者は殺される」
「それを……私がやれば良いんですね…………?」
アリサの言葉に、グラナは頷く。
「そうだ。ヴァトラスのコクピット部分は分かっているだろう?」
「はい。でも…………」
霊力機を動かせない。いや、動かした事がない。アリサはそう言おうとしたが、すぐに止められた。
グラナは目の前のシステムから、地球で言うカセットテープのようなものを取り出した。
それをアリサに渡す。
「これは?」
「イシュザルトの人工知能だ。
主な操作はこいつに任せて、アリサはヴァトラスのコクピットに乗り込む事だけを考えるんだ」
「艦長!?」
ロフが驚く。それもそのはずだった。
戦艦イシュザルトのメインシステムでもある人工知能イシュザルトを取り外す。
それは危険な事だった。なぜなら、イシュザルトの制御が難しくなる。
だからとは言え、人工知能を乗せた霊力機の性能は低い。
「危険です!もしもの事があれば…………」
「イシュザルトと全世界の危機。どちらか一つを優先するのなら、当然、全世界を救う事だ。
その為にも、彼の存在は大きい。ロフ、それは分かっているだろう?」
「しかし、霊力機では――――」
『……だったら、護衛は任せてくれ…………!』
ロフはモニターを見た。左肩から下を斬られたヴィレクダートが立ち上がろうとしている。
ロバートは意識を取り戻し、荒く息を吐き捨てた。
『……霊戦機には……霊戦機で食い止めてみせる…………っ!』
「できるかい?」
『……《武神》は……大丈夫だと言っている…………』
「……分かった。しかし、無茶はしなくて良い。こちらも援護する」
グラナは目の前のコンピュータを起動させた。青い球体が、グラナの手元に現れる。
イシュザルトは霊戦機の母艦。そして、伝説では語られなかった“八機目の霊戦機”。
「総員、衝撃に備えろ!これより、イシュザルトは主砲形態に移行する!」
「か、艦長!?」
「なに、主砲は使わない。使うのは…………」
青い球体を手にし、霊力を込める。
「イシュザルトの巨体だ!」
青い球体に光が走り、イシュザルトがゴゴゴと物凄い音を生み出す。
グラナは顔を歪ませた。今となっては衰えている霊力を使うのは久しぶりだと思いつつ。
イシュザルトの甲板が左右に開き、そのまま巨大な腕をなった。
後部も同じように左右に開き、巨大な足となる。
何かの漫画かゲームとかで出てくるようなゴーレムの姿をした赤一色に染め上がっている巨体。
その巨大な機体が、その緑色の瞳を発光させた。
イシュザルト主砲形態――――最強にして、今だその力を封印している機体。
「アラン、セイバーアークは?」
『おう、いつでも準備完了!けどよ、人工知能なしで大丈夫か?』
通信機を通して、アランはグラナを心配していた。
グラナは軽く口元を微笑ませる。
「私を誰だと思っているんだい?こう見えても、霊戦機操者の“支え”だったんだよ?」
『そして、《星凰》である人間を夫に持つ俺の婆ちゃん!』
「その通りだ」
グラナは微笑んだ。そして、これを最後に、と思う。
格納庫が組み込まれている腹部部分から、一機の霊力機が出撃した。
全身を純銀に統一し、唯一、誰にも動かせなかったアランの最高傑作セイバーアーク。
「アリサ、頼んだよ」
グラナはイシュザルトの巨大な右腕を動かした。
剣を利用し、ヴィレクダートが立ち上がる。
額には《武神》の称号が浮かんでいる。それも、今までに無い眩しい光を発して。
「そうだ……救うんだ…………!」
霊王――――全世界を救う為、辛い戦いを背負ってきた戦士。
その霊王に、もうこれ以上辛い思いをさせてはならない。そう《武神》が告げている。
ロバートは手元の球体に力を入れた。
「《武神》では、《覇王》を倒す事は出来ない……。しかし、《霊王》を――――“友”を救う事は出来る!」
異世界に飛ばされ、最初は戸惑いを隠せなかった。
しかし、それはあいつも同じだった。しかも、あいつは自分以上に辛い思いをしていた。
運命により、異世界に飛ばされ、しかも戦いたくないのに戦っている。
力になってやりたい。そう思った。本気で思った。
「ハヤトは俺の友達だ。俺は、友を救う義務がある!」
セイバーアークが飛んでくる事を確認し、ヴィレクダートが駆け出した。
《霊王》と《覇王》は、その力をぶつけていた。
その強さは次第に激しさを増し、圧倒的に《覇王》が有利になっていく。
「殺す殺す殺す殺スッ!」
『甘いと言っている!』
ヴァトラスの繰り出す剣の舞を、凌駕は軽くなぎ払う。
「うあぁぁぁぁぁぁっ!」
『これで終わりだ。覇王爆砕破ッ!』
漆黒の波動が放たれ、ヴァトラスの腹部を直撃する。
ヴァトラスは、そのまま地面へと堕ちていった。
「ハヤトさん!」
「遅かったか……!」
堕ちていくヴァトラスの姿を追い、セイバーアークが空を舞う。
ロバートは剣を持ち、《覇王》を睨んだ。
「ここは任せてくれ。君はハヤトを!」
「はい!」
頷き、アリサはハヤトの方へ向かう。
ロバートは霊力を高めた。剣に雷が宿る。
『あれだけでは倒れなったか』
「ああ。……ハヤトが立ち上がるまでの間、俺が相手をする!」
『片腕を失っていてもか?』
「その通りだ!」
ヴィレクダートが突撃を開始する。
ヴァトラスは地面に叩きつけられ、大の字で地にめり込んでいた。
セイバーアークがゆっくりとヴァトラスに近づく。
「ハヤトさん!」
胸のコクピットを開き、アリサはヴァトラスの胸辺りへ降りた。
そこからコクピットを開く。
「まだ……まだ……まだまだまだまだぁ!」
ヴァトラスが起動を始める。ハヤトは手元の球体に力を込めた。
「殺すんだ……殺すんだ……殺すんだ……殺してやるんだ!」
「ハヤトさん、もういいんです!」
「殺す殺す殺す殺スッ!」
「ハヤトさん!」
コクピットからアリサを吹き飛ばし、ヴァトラスが立ち上がった。
セイバーアークに搭載されていた人工知能のイシュザルトが、アリサを受け止め、コクピットに入れる。
漆黒の悪魔と化したヴァトラスは、静かに歩み始めた。
「ハヤトさん!」
「邪魔だ!」
ヴァトラスが剣を振り落とす。セイバーアークの右腕が吹っ飛んだ。
「きゃっ…………」
「うあぁぁぁぁぁぁああああああっ!」
「……ハヤトさん!」
ヴィレクダートが剣に雷と炎を走らせる。
「武神双破――――」
『死神よ、我の分身を生み出せ』
凌駕は《死神》の力を使い、幾つもの幻影を生み出した。
ロバートは舌打ちする。どれが本物なのか分からない。
「幻影か……どうすれば…………!」
『イシュザルト、多連装レーザー、発射!』
『了解。多連装レーザー、発射!』
巨大な五つのレーザーが怨霊機の幻影を襲う。イシュザルトが攻撃を始めた。
幻影は、まるで影のように消えていく。ロバートはその瞬間を見逃さなかった。
一機だけ、消えていかない怨霊機の姿が目の前にある。
「そこか!」
『ロフ、副砲用意!』
『了解。イシュザルト、副砲開け!』
『甘いな』
攻撃の瞬間、血塗られた紅い閃光の雨が降り注いだ。
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
セイバーアークがヴァトラスを押し倒している。そして、ヴァトラスのコクピットは開いていた。
「――――!?」
目を大きく開いたまま、ハヤトは唖然としていた。
唇に柔らかい感触がある――――アリサの顔が、目の前にあった。
「…………」
「……もう…………」
顔を離し、アリサはハヤトの顔を見た。
彼女の瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。
「……もう……止めて…………」
「…………っ」
抱きしめられ、ハヤトは我を取り戻した。
涙が流れてくる。いくら拭いても止まらないほど、涙が流れてくる。
ヴァトラスの漆黒の翼が、元の純白に戻り、左目も青色になった。
「……俺は……俺は…………」
頭を押さえ、ハヤトは苦しんだ。
「……俺は……俺は……俺は俺は俺は俺は俺は俺は…………っ!
俺は……何をやっているんだよ……怒りで自分を失って……怖い……怖い…………」
「大丈夫です。私が側にいます」
頬を撫でられ、ハヤトは初めてアリサの顔を見た。
そして、自分からも彼女を抱きしめた。ただでさえ狭いコクピットが、さらに狭く感じる。
「……ごめん……そして、ありがとう…………」
「いいえ……」
互いに見つめあう。それだけで、想いは伝わっていた。
ハヤトは軽く息を吐いた。手元の球体をゆっくり握り始める。
「……今度は、俺の番だ」
「はい」
「今度は、俺が全世界を救う番なんだ」
「はい」
「今は……戦うだけ…………」
ヴィレクダートが怨霊機の剣に切り刻まれる。
霊戦機は限界だった。しかし、ロバートは倒れようとしない。
「……はぁ……はぁ…………」
『ここまで戦った事に対しては、私自身、正直驚いている』
剣に霊力を込めつつ、凌駕が言う。
『しかし、それもここまでだな』
「それは、違う」
凌駕がピクリと眉を上げた。そして、その方向へ目を向ける。
なぜか嬉しい気持ちだった。怒りによる力の解放よりも凄まじい力を感じて。
「今度は、意外と早かっただろ?」
「……俺の出番は、もう終わりか?」
「ああ。……ありがとう、ロバート」
「ふ…………」
ヴィレクダートが片膝を地面に着いた。そのまま機能を停止する。
そして、長年共に戦ってきた友――――霊戦機ヴァトラスに全てを託す。
青い光がヴァトラスを包み込んだ。《武神》が、ヴァトラスに宿った。
「頼んだぞ…………」
ロバートはそのまま目を閉じる。ハヤトは軽く頷いた。
なぜか、心が落ち着いていた。今まで抱いていた怒りを、全て吐き出したからだろうか。
いや、今なら聞こえるからだ。ヴァトラスの――――《霊王》の声が。
(これで、終わらせたい……)
「ああ。これで終わりにしよう。だから、最後まで力を貸してくれ」
ヴァトラスの六枚の翼が融合し、二枚の翼となった。
黄金の光に包まれた翼。そして、神々しい角が右頭部にも誕生していた。
『この光は…………!?』
凌駕はヴァトラスの姿に目を細める。同時に、驚いた。
体中に漲っていた《覇王》の力が次第に失われていく。
『何…………!?』
「今度は……俺の番だから!」
怨霊機から赤い光が放たれ、ヴァトラスへ宿る。
いや、正確的にはハヤトの額に宿った。《霊王》の称号と共に。
ヴァトラスの右目が青色に変わり、両目には人間のような瞳が宿った。
まるで、霊戦機と操者が一体化しているように。
(我は《霊王》であり《覇王》でもある存在)
「《霊王》でもあり、《覇王》でもある存在?」
(我は《神王》。神王霊戦機ゴッドヴァトラス!)
ヴァトラスが剣を手にした。ハヤトは頷く。額には古代の太陽を思わせ、翼が生えていた。
二つの王の力が一つになった証――――《神王》の称号が、ハヤトの額にある。
「いくぞ、親父!」
『二つの王の力を一つにしたか。しかし、それでこそ、私の相手に相応しい!』
凌駕は霊力を全て怨霊機に込めた。
漆黒の光が怨霊機を包み、その紅い瞳がヴァトラスを睨む。
『その力、滅ぼしてみせる!』
「アリサ、しっかり掴まっていろよ」
「はい!」
ヴァトラスが剣を空へ掲げた。霊力が込められ、青白い光を発する。
ヴァトラスが――――《神王》が教えてくれる。今の自分の力を。
剣から、青白い閃光の刃が伸びた。
「いくぞ、神王閃光斬!」
剣を振り落とし、閃光の刃が怨霊機を襲った。
凌駕もそれに応じた。漆黒に光る閃光の刃で、簡単に青白い閃光の刃を受け流す。
『…………っ!?』
しかし、ダメージは受けていた。怨霊機の全身が傷だらけになっている。
ただの閃光の刃ではなかった。振り落とすと同時に、幾つものかまいたちを発生させていた。
ハヤトは身華光剣術と《神王》の力を組み合わせたのだ。
「この力……強い…………!」
「これが、ハヤトさんの力なんです」
アリサが言う。ハヤトは軽く首を横に振った。
「いいや、これは俺の力じゃない。ヴァトラスの力なんだ。ヴァトラスが俺に応えてくれている。そして……」
ヴァトラスの胸と刀身が光を発する。
「霊戦機達の力なんだ!」
ヴァトラスの胸と刀身に、七つの異なる色を持つ宝玉がはめ込まれる。
これが、霊戦機の七つの称号が全て揃った時、ヴァトラスに起きる出来事なのだ。
進化。
そう、進化している。操者と共に、霊戦機も進化している。
今のハヤトとヴァトラスは、怨霊機など比べ物にならいほど強くなっているのだ。
『面白い。《霊王》と《覇王》の血を引く人間が、ここまで強さを秘めているとはな』
「いいや。これはヴァトラスの強さだ。俺には、そんな力なんてない。
あるのは、あんたに負けたくないって言う想いだけだ!」
『良いだろう。ここで決着をつけてやろう、ハヤト!』
凌駕が力を解放し始めた。怨霊機が漆黒の光を発している。
そして、剣を構えた。漆黒に光る閃光の刃がヴァトラスを睨む。
ハヤトも力を解放する。額の《神王》の称号が眩しく輝きだす。
「アリサ、一つ訊いて良いかな?」
「はい?」
ハヤトはアリサの顔を見た。それだけで、なぜか胸が高鳴る。
今の彼女は、恐怖を思い浮かべた表情ではなく、いつもの笑顔だった。
「……怖くないのか?」
「いいえ、怖いですよ。でも……」
「でも?」
「ハヤトさんが、必ず守ってくれますから」
彼女は微笑む。
「そうですよね?」
「……ああ。じゃないと、グラナに殺されそうだからな」
苦笑する。まるで、今は戦闘中だと言う事を忘れているかのように。
そして、ハヤトは最初に訊こうとした事を訊かなかった。
答えは、すでに分かったから。
「いくぞ、アリサ」
「はい、ハヤトさん」
ハヤトが霊力を集中する。神の領域“聖域”の影響で、なぜか落ち着ける。
そして、声が聞こえる。ヴァトラスの――――霊戦機達の声が。
天を翔ける《天馬》の声が。
自然を守る《巨神》の声が。
大地の守護《地龍》の声が。
武の象徴《武神》の声が。
炎の雄叫び《炎獣》の声が。
空を舞う《星凰》の声が。
そして、宿命を刻んできた《霊王》と《覇王》が一つになった《神王》の声が。
「はぁぁぁああああああっ!」
胸と刀身にはめ込まれている七つの宝玉が、それぞれ異なる色の光を発する。
剣を空に掲げ、七つの色の閃光が刀身となって伸びる。
七つの閃光の刀身が一つとなって、黄金の光を発した。
『これで終わりだ。覇王滅殺斬ッ!』
「神王閃光斬ッ!」
両者の剣がぶつかり、衝撃波を生み出す。
大地が揺れ、風が巻き起こる。
『うぉぉぉおおおおおおっ!』
「はぁぁぁああああああっ!」
両者とも、その勢いを止める事は無かった。
ハヤトは手元の球体を力強く握った。その時、アリサが重ねるように手を乗せた。
こちらを見て微笑んでいる。
「大丈夫。私が側にいますから」
その言葉を聞くと、なぜか嬉しかった。
そして、どこか懐かしい感覚だった。
……俺は、もう独りじゃないんだよな。
ハヤトは目を閉じた。ゆっくりと霊力を解き放っていく。
霊戦機達の声が聞こえる。そして、アリサの声も。あいつの――――サエコの声も。
(ハヤト)
サエコ……?
(皆を信じて。ハヤトは、もう独りじゃないんだよ)
ああ。ありがとう、サエコ。そして、ごめん……。
(ううん。私は、今まで幸せだったよ。それに、私はそんなハヤトが好きなんだから)
ありがとう、サエコ……。
「サエコ……ありがとう…………」
軽く、頬を涙が伝った。静かに目を開き、ハヤトは目の前の敵を睨む。
ヴァトラスが咆哮を上げた。それに応えるかのように、ハヤトは力を込めた。
「うおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおっ!」
漆黒の刀身を砕き、ヴァトラスが空を舞った。
黄金の光に包まれた二枚の翼が、まるで不死鳥のように羽ばたく。
「身華光剣、秘儀!」
霊力が剣に込められ、剣が黄金の光を発する。
身華光剣術の伝承者のみ使う事が出来る。ヴァトラス=ウィーガルトが放った最強の技。
「凱歌・閃ッ!」
剣を真っ直ぐに振り落とし、一閃の光が放たれた。
一閃の光が怨霊機へ迫る。凌駕は残っている霊力を使い、漆黒の刀身で対抗した。
しかし、それは呆気なく散り、一閃の光に怨霊機ごと飲み込まれる。
光が、怨霊機を体内から攻撃した。
『ぐあぁぁぁああああああっ!?』
「凱歌は流れ……終焉を迎える…………」
地面に着陸し、ヴァトラスが怨霊機とは反対の方向に振り返った。
剣を収め、その翼を大きく羽ばたかせる。
「あんたが今まで背負ってきた罪を……今こそ償う時だ…………」
『…………』
「親父、俺は…………」
ハヤトの声が嗚咽混じりになってくる。
「……たとえ、どんなに酷い事をされても……俺にとって、あんたは唯一の……父親だからな…………」
『……ハヤト…………』
凌駕はハヤトの言葉を聞き、ゆっくりと目を閉じた。
『今まで……すまなかったな……息子よ…………』
「…………っ!」
『……さらばだっ…………』
怨霊機が光へ変わっていく。それも、美しい黄金の光に。
ハヤトは歯を喰いしばり、涙を堪えていた。
そんなハヤトを、アリサは静かに抱きしめた。
「アリサ…………」
「泣きたい時は、泣いて良いんですよ……大切な人を失った時ぐらいは……泣いて良いんです…………」
「……うぅ……うあぁぁぁああああああ…………」
まるで幼い子供のように、ハヤトは泣き出した。
アリサは優しく、彼の頭を撫でていた。母親のように、ハヤトの辛さを受け止めていた。
聖戦は終わりを告げた。一人の《霊王》に選ばれた少年によって。
そして、彼を支えていた人々によって。
しかし、その代償は、あまりにも大きかった……。
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