終章 アリサとの約束


《覇王》が滅び、再び訪れた聖戦は《霊王》の勝利で終わりを告げた。
 ヴァトラスの胸から発せられた七つの異なる色の光が、ネセリパーラの空を照らした。
 ハヤトはすぐに気を失った。ヴァトラスから降りて。
 最強の技――――凱歌・閃は、無限とも言えるハヤトの霊力を奪っていた。



「終わったかい、ようやく」
「ええ。艦長……」
「分かっているよ。建ててやらないとね、彼の為にも」
 ゆっくりと目を閉じ、グラナは答えた。
 イシュザルトを変形させ、動かした時に消費した霊力は、どうやら大きかったようだ。
 グラナは苦笑する。「前に動かした時には、平気だったんだがな」と言いつつ。



 聖戦が終わってから三日後、グラナはハヤトを呼んだ。
「何か用なのか、グラナ?」
「霊戦機の称号は、知っているね?」
 その言葉に、ハヤトは「ああ」と頷く。
「霊戦機達は、どうやら破壊されても、称号がある限り復活するそうだ」
「復活?」
「そう。ジャフェイルが調べたんだけどね。霊戦機は、一五〇〇年前に神に作られた戦機だ。
 そして、怨霊機と戦う為に、それぞれの称号が与えられたんだ」
「《霊王》と《覇王》もか?」
「いいや、王の称号は、“地球が誕生した時”から続いていたんだよ」
 その言葉に、ハヤトは目を見開かせた。

 先代《武神》であるジャフェイルの推測はこうである。
《霊王》と《覇王》の聖戦は、地球が誕生した時から始まり、そして続いた。
 そこで神は、一五〇〇年前にネセリパーラを創生し、二人の戦いの場としたのだ。

 しかし、遅すぎる判断だった。そのせいで、怨霊機の誕生も迎えた。

 聖戦の中、《覇王》は怨霊機を我が物とした。神はその時に霊戦機を作った。
 霊戦機は《霊王》を主と認め、戦いに参戦したのだ。

 それが、ジャフェイルの推測した“聖戦の始まり”である。

「ヴァトラス・ウィーガルトは、人として初めて《霊王》に認められ、力を得たんだ。
 そして、《霊王》との融合が、初代霊王を意味していた」
「……“決して終わらない宿命”と言う事なのか?」
「いや、仮に二人の王の戦いが終わりを告げても、怨霊機が残る。
 人の負の感情を得て、奴らはその力を得るのだから」
「そうか……」
 ハヤトの表情が曇る。グラナは続けた。
「……しかし、それは何十年先の話だ。まずは、ヴァトラスとヴィレクダートを封印する」
「封印?」
「そう。ヴァトラスと出会った場所を覚えているかい?そこが、ヴァトラスの封印の地だ」
「これからも続く戦いの為に、封印するのか?」
「そうだよ。だから……」
 お前の役目は終わり、地球へ還る時が来た。そうグラナは言おうとした。
 しかし、ハヤトは首を横に振る。
「無理だ。俺には封印する力なんてない」
「……?」
「ヴァトラスに乗っても反応しないんだ……霊力が、全て失ってしまったんだ」
 あれから、ヴァトラスに乗っても動く事はなかった。
 霊戦機の起動には必要である霊力が、ハヤトにはなくなっているからである。
 原因は不明。ジャフェイルと同じだ。
「俺が戦いを拒んでいるから、ヴァトラスも動かないと思っていた。
 けれど、実際は、霊力がなくなっていたからなんだ。アランに調べてもらっているから、絶対だ」
「……なるほどね。まあ、封印は霊戦機が自らの意思で行うから良い」
「…………」
「ハヤト、お前の戦いは終わったんだ。もう、この世界にいる必要はなくなった」
 グラナは、はっきりとその言葉を告げた。



 グラナの部屋の前で、彼女は目を見開かせた。
 ハヤトに用があった為、グラナの部屋を訪れた時に、たまたま聞こえたのだ。
「もう地球に還る時だ。ハヤト、お前は地球に還るんだよ」
 その言葉を聞いて、思わず立ち崩れてしまう。
 涙が流れる。なぜか、大粒の涙が溢れんばかりに流れていく。
「……嫌……そんなの嫌……」
 彼女――――アリサは声を殺し、涙を流した。
 まだ彼と一緒にいたい。そう思いながらも。



 ヴィレクダートの封印の地――――王都アルフォリーゼの宮殿の地下では、ロバートは封印を行っていた。
 しかし、ハヤトの姿はない。ハヤトは今、別の場所にいるのだ。
「墓参りなんて、したくないよな、やっぱ……」
 建てられたばかりの二つの墓石の前に立ち、ハヤトは呟いた。
 ネセリパーラは草木などすでに途絶えた世界だが、実際は違った。
 自然を守る《巨神》の封印の地にだけ、まだ緑が生きていた。
「…………」
 しゃがみ込み、静かに黙祷を始める。
 父と大切な人だった人の墓――――それは、ハヤトが望んだ事だった。
 ハヤトは目を閉じたまま、口を開いた。
「俺……霊力がなくなった。それで、今度地球に還る事になったよ。けど……」
 不安な事があった。そう、まだ戦いは終わる事はない。
 そして、何かが引っ掛かっていた。《神王》と言う、二人の王の力を一つにした称号が疼く。
 まだ俺の戦いは終わらない。そう思う。
「まだ、俺の戦いは続くと思う。けれど、誰も悲しい思いはさせない。
 誰も死なせはしない。誰も殺しはしない。必ず、全世界を救ってみせる」
 その瞳は、遠くを見ていた。決意を抱き、遠くを見ていた。
 この戦いは、彼を大きく成長させていた。王としてではなく、一人の人間として。



 イシュザルトは、ヴァトラスの封印の地へ移動していた。
 一五〇〇年前から、ずっと壊れずに残っている神殿。それが、ヴァトラスの封印の地だ。
「あれが、ヴァトラスの……」
「そうさ。そして、お前が還る為に必要な場所だ」
「そうか……」
 ロバートの事を思い出す。今思えば、同じ地球人は、ロバートだけだった。
 しかし、ロバートはもういない。ヴィレクダートの封印と同時に、地球に還ったからだ。
「けど、どうやって封印するんだよ?」
「空中から、ヴァトラスを降ろそうと思っている。これは、獣蔵の頃と同じかな」



 格納庫で、アリサはヴァトラスを眺めていた。
 今までの事を思い出しながら、じっと見つめていた。
「…………」
 あの時――――彼が父との決着をつける時に渡されたペンダントを手に持つ。
 彼の事が好きだから、今、辛いと思う。
「……アリサ」
 ふと、呼ばれた方向に目を向けた。自分が好きになれた人がそこにいる。
 ハヤトは静かにアリサの元に近寄り、隣に立つ。
「…………」
「……小さい頃、俺は女の子と遊んだ」
 アリサがきょとんとした顔で見つめる。
「その子は何を喋っても、俺には言葉が分からなかった。でも、一緒に遊んで笑う事が出来た。
 その女の子の名前だけ、聞き取れるような感じがした。“アリサ”ってね」
「え……?」
 アリサは驚き、目を見開いた。
 確かに記憶がある。小さい頃、見た事もない場所で、小さな男の子と遊んだ記憶が。
 そして、その時に何を喋っても、言葉が通じ合っていない事を。
「そう。俺達は小さい頃から知っていたんだ、お互いを。そして、俺はアリサからペンダントを預かった。
 いつかまた、アリサと会う為に、俺はアリサと約束をしていたんだよ」
「約束……?」
「『今度は、俺の方から君に会いに行く』ってね」
 ハヤトもアリサを見つめた。ゆっくりと彼女を抱きしめる。
「あの頃から、俺は独りじゃなかった。そう、君との約束があったんだ。
 この戦いの中でアリサと再会できたのは偶然かもしれない。けれど、俺は違うと思う。
 約束を守りたい。だから、俺はこの世界に来れたんだと思う」
「……私は」
 彼女もハヤトを抱きしめる。
「……私は……ハヤトさんの側にいたい。還って欲しくない…………!」
「…………」
「……あなたが好き……好きだから……還って欲しくない…………!」
「ああ。俺も、アリサが好きだよ」
 互いに見つめ、顔を近づける。
 唇を軽く触れさせ、ゆっくりと重ねた。五秒近くで離れる。
「……キス……二回目ですね」
 アリサが微笑みつつ言った。
「ああ。……また、会いに来るから。約束するから」
「じゃあ、証拠を見せてください」
「証拠?」
 アリサが目を閉じる。
「アリサ……え……?」
「もう一度だけ……キスしてください」
「…………」
 やや躊躇っていたが、ハヤトは微笑んだ。
 そして再び唇を重ねた。



 遠くから、一人“馬鹿”が覗いていた。
 アリサの弟アランである。二人の姿を見て、なぜかガッツポーズ。
「よっしゃ!任務完了!」
 何が任務完了なのかは知らないが、とにかく喜ぶ。
「兄貴、しっかりやってくれよ!」
「覗き見も良いけど、自分の事を心配しようね。ア・ラ・ン♪」
 アランの方を強く握り、小刻みに誰かが震えていた。
 アランは壊れたロボットのように、ギシギシと首を振り向かせた。
 リューナが怒りに震え、さらにその後ろには、彼女の双子の妹であるルーナもいる。
「……さあ、覚悟はできているわよねぇ?」
「あ、いや、勘弁してぇぇぇ!」
 顔面蒼白になった状態で、アランはどこかへ連れて行かれた。
 その後、アランがどうなったのかは、ご想像にお任せします。



 ハヤトが乗り込むと、ヴァトラスが瞳を光らせた。
 霊力はないのに起動しているが、ヴァトラス自身が動き出しているのだ。
「ハヤトさん」
 ヴァトラスの足元から、アリサが声をかけてくる。
「私……待ってますから」
「ああ。約束、ちゃんと守るっ」
 軽く手を挙げ、ハヤトは自力でコクピットを閉じた。
 ヴァトラスが、自分の意思で大空を舞い、神殿へと向かっていく。



 空を飛び、ヴァトラスは静かに神殿へと入って行った。
 ハヤトは「今思えば、ここから始まったんだ」と呟く。

 初めてヴァトラスと出会い、そして、俺の戦いが始まった場所。

 祖父がなぜ、何も教えてくれないまま、この世界へ召還させたのかが分かった気がする。
 辛かったのだ、祖父も。人を殺す事が。人の“死”を見る事が。
「ありがとな、ヴァトラス」
 ヴァトラスが巨大な岩に腰掛け、コクピットを開く。
 ハヤトはヴァトラスから降りて、空を眺めた。イシュザルトが小さく見える。
 不思議だった。あれほど巨大な戦艦が、こんなに小さく見えるのが。
「約束、必ず守るから」
 イシュザルトに乗っている大切な人に向かって、ハヤトは呟いた。
 そして、光に包まれ、ネセリパーラから姿を消した。



 気づけば、自分の部屋のベッドで寝ていた。
 日付は、ヴァトラスと出会った日の朝だ。
「どうやら、終わらせたようじゃな」
 ノックもせず、祖父が部屋に入ってくる。
 ハヤトは無視して、そのまま制服へと着替え始めた。
「お前も、《霊王》として戦う事は嫌ったようじゃな」
「……?」
「やはり、お前はわしの孫じゃ。この剣は、もうお前の物じゃ」
 ハヤトの机に、一本の古ぼけた剣を置く。
 異世界に行く時に持たされた剣だ。どうやら、これが異世界へ行く為の“扉”だったようだ。
 ハヤトは剣を無視し、鞄を手にしながら部屋を出ようとする。
「……じじい」
「何じゃ?」
「聖戦は、必ず俺が終わらせるから」
 そう言って学校へと向かっていく。
 獣蔵は、その言葉に涙を流した。自分の孫が、一つの事に決意した事を喜びながら。

 そう。俺が終わらせるんだ。まだ、始まったばかりの聖戦を――――



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