第1学期の終業式の日。ようやく訪れた夏休みに、クラスメイトの寺田恭二は喜んだ。 「よっしゃー! ついに夏休みだ!」 「気楽だな、お前は。就活とかはどうする気だ」 と、彼に訊くのは、同じくクラスメイトである桜野祐一だった。 祐一の言葉に、恭二がふっと鼻で笑う。 「そんなのは、2学期からで十分だぜ!」 「いや、遅いだろう。進路希望すら出してないのか、お前は?」 「おう!」 「…………」 流石に、祐一も呆れていた。こいつはダメだと思わんばかりに。 そう思いつつ、勇真に話し掛ける。 「勇真、お前はどうする気だ?」 「…………」 「勇真?」 話し掛けても、勇真は返事すらしなかった。 まだ、勇真は進学を諦めさせられたショックから立ち直れていない。そう、祐一は思った。 そんな矢先に、担任の中村が勇真を呼ぶ。 「高村、進路指導室に行こうか。話がある」 その言葉に勇真は頷き、立ち上がる。祐一は思わず勇真の肩を掴んだ。 勇真が一瞬だけ祐一の顔を見る。何かを聞きたそうな彼を見て、勇真は言った。 「……大丈夫。迷惑掛けてごめん」 「勇真……」 「恭二、今度覚えておけよ。どうせ、色々と喋っただろ」 そう言い残し、勇真が担任について行く。 勇真の言葉を聞いた恭二は、恐る恐る祐一の方へと顔を向けた。 「……何でバレてんだよ?」 「知るか。しかし、大丈夫みたいだな」 そう思った祐一は、少しだけ安心した。 「ねぇ、本気?」 「うん。もう決めたから」 同時刻。普通科の教室で、秋月薫子はクラスメイトの女子にそう答えた。 今の自分ができる事を考えて決めた事。 だからこそ、信じられなかった友人が訊いて来るのも理解できる。 しかし、彼女は本気だった。だからこその行動。 「ごめんね、大会前に」 「……まぁ、薫子は一度決めた事は絶対に曲げないのは知ってるけど……。でも、何で?」 「それは……」 薫子が笑顔で答える。 「それは内緒。じゃ、また2学期ね」 担任に進路指導室まで連れて来られた勇真は、向かい合って席に座った。 どこか言い辛そうな担任が話を切り出す。 「……高村、事情を知っている先生としては――――」 「俺、決めたよ」 勇真の一言に、中村先生が目を見開いた。 「決めた?」 「……先生、今からでも就職に変えて良いですか?」 「就職?」 驚く先生の前で、勇真が頷く。 進学から就職への進路の変更。それは、何も問題はない。 しかし、今まで進学にこだわっていた勇真が就職に変更する事に、流石の中村先生も驚いていた。 勇真が話を続ける。 「色々とやったけど、進学はどうやっても出来ない。だから、俺は就職する」 「……高村、仕方なく就職すると言う考えは……」 「違う。別の方法を見つける事にしたんだ」 「別の方法?」 「うん。今まで、俺は進学しなきゃ自分の夢は叶えられないって思ってた」 進学して勉強しなければ、叶えられない。そう思っていた夢。 けれど、その進学が無理なら諦めないといけないなら意味がない。 だからこそ、勇真は見つける事にした。進学出来なくても夢を叶える為の方法を。 「俺の夢は、絶対に夢で終わらせたくない。だから、別の方法を探す。 その為にも、まずはちゃんと働く事にしたんだ。進学も就職もしないで探すのは違うと思ったから」 「高村……」 「……先生、俺は就職します。迷惑掛けるけど、宜しくお願いします」 そう言って席を立ち、頭を下げる勇真だった。 数十分後。就職への進路変更による進路希望表の修正等を行い、勇真は次の場所に向かった。 部活の顧問がほとんど所属する機械科。その職員室だ。 職員室に入り、顧問に頭を下げる。 「今まで部活をサボってすみませんでした……部長としてはもう無理でも、大会出場させてください。お願いします!」 「いや、お前の事情は中村先生から聞いていたから大丈夫だよ、高村」 と、顧問の一人である田中先生が言う。勇真が「でも……」と言葉を続ける。 「自分の勝手な都合で休んだ俺は……」 「大丈夫。瀬筒の時に比べたら全然マシだから」 そう、先生が言う。勇真は苦笑した。 去年の夏、突然「部活を辞める」と言って逃げ出し、戻ってきた先代の部長。 何の努力もしなかった為に就職は失敗し、簡単に合格できる学校へ進学すると言う楽な道を選んだ男。 そいつに比べれば、まだ勇真は良い方だと言う顧問が話を続ける。 「まぁ、進路以外に新入部員の事で大変になると思うけど、宜しく頼むよ、部長」 「……新入部員?」 「うん。一人入部したから。それも三年生」 「三年で!? また何で今頃……」 「高村君が心配だからだよ」 「俺の心配なんかしないで、自分の心配しろよ……って、ちょっと!?」 突然横から話に割り込んだ相手を見る。勇真はその目を大きく開いた。 秋月薫子がそこにはいた。驚く勇真に薫子が笑顔で言う。 「今日からよろしくね、高村君っ」 「今日からって……まさか、今頃入部した三年って……!?」 「うん、私の事」 まさかの新入部員に、勇真が唖然とする。 「何でまた……と言うか、テニス部の方は!?」 「辞めたよ? 大会もすぐ負けるって分かっているし、もうすぐ引退だから」 「いや、それでも何で……」 戸惑う勇真を前に、薫子が笑顔で勇真を見る。その笑顔に、勇真はドキリとした。 「言ったはずだよ、応援するって。だから、入部したの」 「そうだけど……」 「それに、今まで休んでいた分の進学課外の内容も教えないといけないし」 「……いや、それは別にどうでも……と言うか、就職に希望は変更したし」 「それでも、私は高村君に勉強を教えるって決めたの。同じ部活に入って。そう、私は決めたから」 「…………」 薫子の言葉に、何を言っても無駄だと勇真は理解するのだった。 部室。顧問である田中先生と薫子の二人と一緒に部室に行った勇真は、深町の反応を見て呆れた。 薫子が入部した事でテンションが高くなる深町。正直、ウザいと思っていたりする。 「秋月さん、全国目指して頑張ろうぜぇ!」 「うん。あまり力にはなれないけど……」 「そんな事ねぇぜ! 秋月さんはいるだけで十分だって! なぁ、たっかむらぁっ!」 「深町、ウザっ……つーか、悪かったな。今まで部活休んで……」 「気にするなよ! 誰も気にした事ないから!」 それはそれで、どこか問題がある。そう、勇真は本気で思っていた。 深町に続いて、松尾、末広の二人も言う。 「大丈夫。まだ時間あるし」 「夜遅くまで作れば間に合う」 「絶対にそう言うと思った……と言う事は、誰も何も進んでないって事だよな?」 その言葉に、部員全員が固まる。予想通りの展開に、勇真も溜め息をついた。 とりあえず、近くにいた2年の徳永の頭を叩く。 「ほひっ!? 何で俺なんですか!?」 「近くにお前がいたから」 「ほひっ!?」 「ともかく、これから夏休みの部活動について説明するぞ。で、それが終わったら今日は解散」 そう話す勇真に、1年の宮崎優菜が首を傾げる。 「高村先輩、今日は部活動は……?」 「今日は説明だけ。俺も色々とやる事あるし、夏休みは地獄だから。覚悟しとけよ」 勇真の言葉に、ほとんどの部員が悲鳴を上げるのだった。 |
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