第8話 決断と決めた事


 第1学期の終業式の日。ようやく訪れた夏休みに、クラスメイトの寺田恭二は喜んだ。
「よっしゃー! ついに夏休みだ!」
「気楽だな、お前は。就活とかはどうする気だ」
 と、彼に訊くのは、同じくクラスメイトである桜野祐一だった。
 祐一の言葉に、恭二がふっと鼻で笑う。
「そんなのは、2学期からで十分だぜ!」
「いや、遅いだろう。進路希望すら出してないのか、お前は?」
「おう!」
「…………」
 流石に、祐一も呆れていた。こいつはダメだと思わんばかりに。
 そう思いつつ、勇真に話し掛ける。
「勇真、お前はどうする気だ?」
「…………」
「勇真?」
 話し掛けても、勇真は返事すらしなかった。
 まだ、勇真は進学を諦めさせられたショックから立ち直れていない。そう、祐一は思った。
 そんな矢先に、担任の中村が勇真を呼ぶ。
「高村、進路指導室に行こうか。話がある」
 その言葉に勇真は頷き、立ち上がる。祐一は思わず勇真の肩を掴んだ。
 勇真が一瞬だけ祐一の顔を見る。何かを聞きたそうな彼を見て、勇真は言った。
「……大丈夫。迷惑掛けてごめん」
「勇真……」
「恭二、今度覚えておけよ。どうせ、色々と喋っただろ」
 そう言い残し、勇真が担任について行く。
 勇真の言葉を聞いた恭二は、恐る恐る祐一の方へと顔を向けた。
「……何でバレてんだよ?」
「知るか。しかし、大丈夫みたいだな」
 そう思った祐一は、少しだけ安心した。



「ねぇ、本気?」
「うん。もう決めたから」
 同時刻。普通科の教室で、秋月薫子はクラスメイトの女子にそう答えた。
 今の自分ができる事を考えて決めた事。
 だからこそ、信じられなかった友人が訊いて来るのも理解できる。
 しかし、彼女は本気だった。だからこその行動。
「ごめんね、大会前に」
「……まぁ、薫子は一度決めた事は絶対に曲げないのは知ってるけど……。でも、何で?」
「それは……」
 薫子が笑顔で答える。
「それは内緒。じゃ、また2学期ね」



 担任に進路指導室まで連れて来られた勇真は、向かい合って席に座った。
 どこか言い辛そうな担任が話を切り出す。
「……高村、事情を知っている先生としては――――」
「俺、決めたよ」
 勇真の一言に、中村先生が目を見開いた。
「決めた?」
「……先生、今からでも就職に変えて良いですか?」
「就職?」
 驚く先生の前で、勇真が頷く。
 進学から就職への進路の変更。それは、何も問題はない。
 しかし、今まで進学にこだわっていた勇真が就職に変更する事に、流石の中村先生も驚いていた。
 勇真が話を続ける。
「色々とやったけど、進学はどうやっても出来ない。だから、俺は就職する」
「……高村、仕方なく就職すると言う考えは……」
「違う。別の方法を見つける事にしたんだ」
「別の方法?」
「うん。今まで、俺は進学しなきゃ自分の夢は叶えられないって思ってた」
 進学して勉強しなければ、叶えられない。そう思っていた夢。
 けれど、その進学が無理なら諦めないといけないなら意味がない。
 だからこそ、勇真は見つける事にした。進学出来なくても夢を叶える為の方法を。
「俺の夢は、絶対に夢で終わらせたくない。だから、別の方法を探す。
 その為にも、まずはちゃんと働く事にしたんだ。進学も就職もしないで探すのは違うと思ったから」
「高村……」
「……先生、俺は就職します。迷惑掛けるけど、宜しくお願いします」
 そう言って席を立ち、頭を下げる勇真だった。



 数十分後。就職への進路変更による進路希望表の修正等を行い、勇真は次の場所に向かった。
 部活の顧問がほとんど所属する機械科。その職員室だ。
 職員室に入り、顧問に頭を下げる。
「今まで部活をサボってすみませんでした……部長としてはもう無理でも、大会出場させてください。お願いします!」
「いや、お前の事情は中村先生から聞いていたから大丈夫だよ、高村」
 と、顧問の一人である田中先生が言う。勇真が「でも……」と言葉を続ける。
「自分の勝手な都合で休んだ俺は……」
「大丈夫。瀬筒の時に比べたら全然マシだから
 そう、先生が言う。勇真は苦笑した。
 去年の夏、突然「部活を辞める」と言って逃げ出し、戻ってきた先代の部長。
 何の努力もしなかった為に就職は失敗し、簡単に合格できる学校へ進学すると言う楽な道を選んだ男。
 そいつに比べれば、まだ勇真は良い方だと言う顧問が話を続ける。
「まぁ、進路以外に新入部員の事で大変になると思うけど、宜しく頼むよ、部長」
「……新入部員?」
「うん。一人入部したから。それも三年生」
「三年で!? また何で今頃……」
「高村君が心配だからだよ」
「俺の心配なんかしないで、自分の心配しろよ……って、ちょっと!?」
 突然横から話に割り込んだ相手を見る。勇真はその目を大きく開いた。
 秋月薫子がそこにはいた。驚く勇真に薫子が笑顔で言う。
「今日からよろしくね、高村君っ」
「今日からって……まさか、今頃入部した三年って……!?」
「うん、私の事」
 まさかの新入部員に、勇真が唖然とする。
「何でまた……と言うか、テニス部の方は!?」
「辞めたよ? 大会もすぐ負けるって分かっているし、もうすぐ引退だから」
「いや、それでも何で……」
 戸惑う勇真を前に、薫子が笑顔で勇真を見る。その笑顔に、勇真はドキリとした。
「言ったはずだよ、応援するって。だから、入部したの」
「そうだけど……」
「それに、今まで休んでいた分の進学課外の内容も教えないといけないし」
「……いや、それは別にどうでも……と言うか、就職に希望は変更したし」
「それでも、私は高村君に勉強を教えるって決めたの。同じ部活に入って。そう、私は決めたから」
「…………」
 薫子の言葉に、何を言っても無駄だと勇真は理解するのだった。



 部室。顧問である田中先生と薫子の二人と一緒に部室に行った勇真は、深町の反応を見て呆れた。
 薫子が入部した事でテンションが高くなる深町。正直、ウザいと思っていたりする。
「秋月さん、全国目指して頑張ろうぜぇ!」
「うん。あまり力にはなれないけど……」
「そんな事ねぇぜ! 秋月さんはいるだけで十分だって! なぁ、たっかむらぁっ!」
「深町、ウザっ……つーか、悪かったな。今まで部活休んで……」
「気にするなよ! 誰も気にした事ないから!
 それはそれで、どこか問題がある。そう、勇真は本気で思っていた。
 深町に続いて、松尾、末広の二人も言う。
「大丈夫。まだ時間あるし」
「夜遅くまで作れば間に合う」
「絶対にそう言うと思った……と言う事は、誰も何も進んでないって事だよな?
 その言葉に、部員全員が固まる。予想通りの展開に、勇真も溜め息をついた。
 とりあえず、近くにいた2年の徳永の頭を叩く。
「ほひっ!? 何で俺なんですか!?」
「近くにお前がいたから」
「ほひっ!?」
「ともかく、これから夏休みの部活動について説明するぞ。で、それが終わったら今日は解散」
 そう話す勇真に、1年の宮崎優菜が首を傾げる。
「高村先輩、今日は部活動は……?」
「今日は説明だけ。俺も色々とやる事あるし、夏休みは地獄だから。覚悟しとけよ
 勇真の言葉に、ほとんどの部員が悲鳴を上げるのだった。






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